学園マーメイド


「冷えますね」
「……ここ、一度蒼乃ちゃんを連れてきたかったんだ」
「どうしてですか」
「さあ、どうしてだろう」



また答えにならない答えを返される。
真っ暗な視界の中、彼が悲しそうに微笑んでいるのがなんとなく分かった。
悲しそうに、……優しそうに。



川上がやはり私と同じ境遇にあった人だと分かった。
辛いく苦しい中で、水泳にしがみ付いていたのだと改めて思った。
だけどまだ何か引っかかる。その正体がなんなのかは分からないけど、胸の内がすっきりしないのだ。
川上がここに連れてきた理由も、私を見て悲しそうな顔をする意味も……、分からなかった。




雪兎のマンションに着いたのは夜の10時を回った頃だった(雪兎にはこってり怒られた)。
道中はいろんな話をした。
家族のこと、水泳のこと、オリンピックのこと。
兄のことも喉下をつっかえる事無く、すんなりと口から出たのだ。
長い道のりだったはずなのに、とても短くあっという間に終わったような気がした。
“大人の人”、初めて感じる大人に対する思いに戸惑いながらも、川上を心の奥底で信頼している自分がいた。