「両親と、嫁さんになる人が車で移動中に居眠り運転をしていた車と衝突してね。俺の両親も、嫁さんも……、居眠りしてた野郎も……全員死んだよ」
「一度に亡くしたんですね、大切な人」
私だったら耐えられただろうか。
兄が亡くなった時点で、どうしようもなく悲しくて苦しくて、希望さえも見出せなかったのに。
この人はそこから這い上がろうとしていたのだ。
「大切な人……、か。うん、そうだな。俺は両親が亡くなった事より一番愛しい人を亡くした事がこの世の終わりのように思えたよ」
「その気持ち、分かる気がします」
「はは。親不孝物だって思わない?」
「いえ、私も両親は生まれてまもなく亡くなったので、親に対する気持ちと言うのが良く分かりません。でも、一番大切な人をこの世から亡くす悲しみは良く分かります」
絶望、いやそれよりももっともっと、黒くて深いものが目の前に広がる。
生きていく事が苦しくなって、でも死ぬ術を知らなかった。
だから必死で彼の生きる水泳という競技に掴まり、それを生きる理由、生きる場所なのだと思いながら過ごすしかなかった。
それだけあればいい、といつしか思うようになった。
私は川上に握られている手を自分から握り返す。
風が吹き荒れて二人の髪の毛を弄ぶかのように散らしていく。
「……冷えるな」
今度は風が優しく頬を撫でる。



