兄を感じられる場所、ここだけは過去を克服しても愛し続けたい場所。
それが今はこの様だ。




「戻れる」




そんな私に川上は蛇口を捻り水を止め、しっかりとした口調で言った。




「……戻れる?」
「そう。生きる場所、生きる理由なら、きっと蒼乃ちゃんはそこに戻れる」
「戻る……」
「戻りたいって心が感じれば、体はそれに応じてくれるはずだ。……今は休息が必要なんだよ」




川上は最後を優しく言い終えると、私の体を支えるように体を貸してくれた。
身をゆだねる様に体を預ける。
優しい温もりは陸嵩を思い出す。
光に会ったら彼に会いに行こうと決めたが、最優先事項が変わってしまった。
こんな状態では陸嵩に会っても何も変わらない。
陸嵩を傷つけた分、私はそれを償わなくちゃいけない。
大会まで後、1週間とちょっと。
それまでに泳げるようにならなくちゃいけない。
再び、あの場所が私の希望、理由、生きる場所だと思えるようにならなきゃいけない。




「……なあ、蒼乃ちゃん。前に俺とちゃんと話がしたいって言ってくれただろう?」
「はい」
「今日はこれで部活切り上げて、俺とちゃんと話をしないか?」




笑った川上の顔は、優しく、でも悲しげで。
それはどこか私と似ているような気がして、言葉を出さないまま頷いた。



更衣室で着替えを済ませ、鞄を持ち上げる。
川上は連れて行きたい所がある、と言って車を取りに先に行ってしまった。
廊下に出るとひんやりとした空気が漂い、ぶるっと身震いをする。
……体調は良好とは胸を張っては言えない。