次に記憶があるのは、自分が水の中にいるのではなく背中に床があると言う感覚だった。
そして、薄っすらと開けた瞳に移る今にも泣きそうな顔をして私の体を揺さぶる川上の姿。
川上の髪の毛からぽたりぽたりと水が落ちる。



「蒼乃!しっかりしろっ!蒼乃!」



川上が私の瞳が開いたことを確認する。



「蒼乃?……分かるか、なあ!俺だ、分かる?」



熱を持った手の平が私の頬に触れると、そこから感染するように体が熱を帯び始めた。
同時に安心感と不安、絶望、恐怖がなだれ込んできて瞳から涙が零れ落ちる。
そしてその涙をふき取る川上の体にすがるしか他なくて、両手を伸ばし川上の濡れたジャージを強く、強く握り締めた。
怖くて、怖くて、身近に“死”を感じ取ってしまった事が怖くて。


あれは“死”だった。死だったのだ。



「あっ……うぅ……っ」



喉元から詰まった嗚咽が出る。
怖くて、怖くて、あのまま死ぬのではないかと思って、意識的に目を閉じてしまった自分が怖くて。
川上のジャージを強く握る。
そんな私をより強い力で抱きしめてくれた体温が生きている実感を沸かせてくれる。



「ああ、蒼乃。大丈夫、怖かったな。大丈夫、もう大丈夫。怖くないよ」
「……っう、くっ……ぅあ……っ」
「うん、蒼乃。俺はここにいるから。ここにいるよ」



川上は幼い子をあやすような声を出した。
だけどそれが心の奥に響き、益々恐怖を駆り立て、涙が零れる。
あんなにも水の中が怖いと感じたのは初めてだった。
まるで水たちが猛威をふるってこの中に閉じ込めようとするようだった。
水圧が、水音が、全てが私を拒否しているように。
逃げたいのに、逃げられない恐怖と絶望。
本当に死んでしまうのかと思ったけど、やっぱり生きていたいと言う生に対する執着心が人間にはあるようだ。


暫く川上の体温を感じていたが、その後意識を手放したようで本当にそこからの記憶はなかった。