これは本当に水がだめらしい(確か足がつると聞いた事がある)。
頷いて階段のある所まで陸嵩を引っ張って行く。
生気を失って真っ青な顔をしている彼を階段に掴ませ、上らせる。
危ない足取りで上へ上ると、上がったその場所で盛大に倒れこんだ。
急いで上がって傍に座る。
「水、ダメだね」
「……ん、ごめん……。かっこ悪い」
何度か咽こんで、陸嵩が悔しそうに笑う。
「でも水飲んでなくて良かった。飲んでたらちょっと危なかったかも」
「嘘……、死んでた?」
「死ぬまではいかなかったけど、人工呼吸とかしないと意識飛んだままだったかな」
「じ、人工……呼吸……。確かに水飲んでなくて良かった」
陸嵩が顔を赤くして背けた。
――――嬉しいと思う心がある。
彼が此処に来てくれてよかった、彼が水を飲んでなくてよかった。
嬉しい。
それだけじゃ何がいけないんだろう。
どうして苦しいと思う気持ちが生まれるんだろう。
――――『イッカイモアンタノコト、トモダチダナンテオモッタコトナイカラ』
ぽたり、ぽたり。
水と混ざって違う水が陸嵩の頬に落ちる。
彼が気付かないわけがない。これが何の水なのか、知らないわけがない。
「……蒼乃」
優しく名前を呼ばれ、小さく肩が震える。
連鎖してぽたりぽたり、と水が落ちる。
彼は背けた顔を此方に向きなおし、手を伸ばしてくる。
湿った手は前髪を撫で、私の冷え切った頬へと落ちてくる。
ぺたり、彼の手も冷たい。
「助けてくれてありがとう、そんで巻き込んでごめん。……寒いね、帰ろうか」
気付いている、この水が何なのか。
でも彼は見てみぬふりをしてくれる(だって私が気付かれたくないから)。
彼は知らないふりをしてくれる(だって私がそう望んだから)。
そして“帰ろう”と言ってくれる。
もうそれだけで他には何もいらないと、そう思えたのは“感情”があるからなのだろうか?
答えてくれる人なんていないんだろうけど。
「帰ろうか、陸嵩」
震える声がそう言った。



