ふわふわと漂う雲は綿あめのようだ。なんて、我ながら女々しい始まり方で物語は始まる。高校三年の春のことである。俺、甘露 秋雪(あまつゆ あき)はめでたく留年という壁をクリアした。三年になれただけでもありがたいことだ。

自分でも言うのはなんだが、俺という人物は極めて平凡であった。漫画の主人公ように派手な髪色はしていないし、女子がはまっている恋愛小説や少女漫画のような学園には通っていない。キャーキャーと黄色い声を浴びるような大物でもなければ、地味で暗くいじめを受けるようなタイプでもない。上手く人付き合いして、上手く先生のご機嫌もとるような、そこら辺にごまんといるような少年だ。

そんな俺にも気になる女子が出来た。それはそれはとても美しくて人間離れしたような容姿の女子だ。名前は春夏冬 純(あきない じゅん)春夏と来て飛んで冬。つまりは秋という季節が抜かれている。だから春夏冬で『あきない』と読むのだそうだ。小鳥遊と似たような部類であると、俺は勝手に解釈している。
彼女、春夏冬さんとは高校三年で初めて同じクラスになった。同じクラスになったのは初めてだが、見るのは初めてではなかった。あれだけ目立つ容姿なのだ。他のクラスにもそういう噂は届くもので、周りの友達と見に行ったりしたのもだった。
今思えば、割と残酷な事をしたと心の中で懺悔した。
春夏冬さんはまさに動物園のパンダ的存在になっていたからである。興味本位とはいえ、彼女にとっては嫌悪の対象になりうるだろう。彼女は嫌悪すらしていないものの、どこか諦めたような表情で窓の外をひたすら見ていた。

何も聞こえない、見えない、知らない。

彼女は心を閉ざすのが上手かったのだ。

心を閉ざすことに、慣れきってしまったのだ。

心を殺すことが、普通になっていたのだ。

痛いだろうなぁ。