アイドルとボディガード





完全に千遥を拒絶すれば、あいつはどんな手を使ってでも俺に会おうと画策してくる。
しかし逆に受け入れすぎてしまうのも、あいつの気持ちを助長させるだけ。

だから藤川さんと設けた制限。

女子高生なんて多感な年ごろ。
適度な距離を保ち完全に不毛だって分かったら、おのずと離れていくだろうと。


すぐにでも心変わりしてくれるだろう、と。

そう思ってたのに。


そんな考えが甘かった。
正直、女子高生ナメてたわ。


奴は決めた制限をきっちり守って、俺に連絡を寄越し続けた。





「桐生、いつ会える?」

「あぁ、また今度」


そんなやり取りが何度繰り返されたことか。
しかし毎回こう上手くかわせる訳ではない。


『桐生、明日ポチ公前……』

「あぁもう、分かった、分かった。明日夜7時に家まで迎えに行く。それでいいか?」

『わーい』


俺が千遥に危険な目に遭わせたくないのを分かってて、この脅しを使ってくる。

電話口で喜ぶ千遥に、俺は電話を切ってぼやいた。


「たく、大人を脅すなっての」


こんな関係長くは続けられないのに。
なんで不毛だって分かってるのに、こうも本気になれるんだろう。

若さ故のことなのか。





「何が食べたい?」

「中華!」

「了解」


そうして個室のある中華料理屋に車を走らせる。
俺達はこうやって密会を重ねていた。

しかし、数時間一緒にご飯を食べながら顔を合わせて話すだけ。
千遥はそれで満足らしい。

多忙で疲弊しきっているだろうに。

千遥は帰りの車内でたまに寝てしまうことがった。
家に着いて起こすと決まって、


「起こしてよーっ」

「は?」

「あまり一緒にいられないのに、もったいない!」


と怒られる。
こっちは、気遣ったつもりが千遥としては俺との時間は貴重なものだとのこと。



今日もまた、車内で眠りにつく。

あぁ、起こすのは可哀想だし、起こさなければそれはそれで悲しむし。
こんなんで悩むなんてアホらしい。


そんな中、隣からポツリポツリ寝言が聞こえ始めた。



「ワカナちゃん、」

「違うよ、そこはもっと左。そうそう」

「なんか、バランス悪いね」


今度出る映画の台詞だろうか。
一体どんなシーンなんだ。

夢にその場面が出てくる程、ちゃんと頑張っているらしい。

なのに、こんなに疲れ切っているのにどうしてそうまでして俺に会おうとするんだ。


「きりう、」


そう紡ぐ唇。

小さく形のいい薄ピンク色の唇。
俺はそれに一度だけ触れたことがある。


なんでそんなに俺なんかが好きなんだよ。

お前の俺に対する気持ちは、お前の夢の邪魔にしかならないんだぞ。


「きりう、好き、好き」


……本当にどうしようもない奴だ。


まるで呪文にかけられたかのように、その唇に吸い寄られる。
顔を近づけて、寸前のところではっとした。


俺、今、何しようとした……?


千遥が愛しくて、守りたい存在だとは思う。
だけど、それは小泉千遥というアイドルの一ファンとして。

その気持ちが傾き始めてるのか。



だけど、そうなったらもう一緒にはいられない。

彼女を手にしたい、そばにいたいという気持ちよりも。


彼女の成功を願う気持ちの方がずっと強いのだから。