社長室の前で押し問答やっていると、ぬっとドアの磨りガラス窓に社長のぽってりした顔がうつる。
「なんだ、うるさいな」
騒ぎを聞きつけ出てきた社長。
「社長!……っ!?」
ちゃんと人を見て雇ったのかと一言文句言ってやろうかと思ったら、言葉にする前に藤川さんの大きな手で私の口を塞がれてしまった。
「社長、桐生さんがお見えになりました。応接室でお待ちです」
にっこりそう微笑む藤川さんを横目で睨む私。
「おぉそうか、そうか」
ぷよぷよのお腹を弾ませながら、応接室へ入っていく。
あの呑気な社長のことだから適当に雇ったに違いない。
応接室で待っていた奴は、あろうことか煙草を吹かしながら、ソファーにでーんと股を開いて、それはそれはどっちが雇い主か分からない程にでかい態度でそこにいた。
気の短い私は、こみかめに青筋をたたせ彼を愕然とした表情で見つめた。
藤川さんは温和な表情を崩さず、そっと換気扇のスイッチを押す。
応接室のソファーの向かい同士に座る社長と、ボディガードもどき。
私と藤川さんは社長側のソファーのすぐ隣に佇んだ。
「桐生さん、この度はどうかよろしくお願いしますよ」
にこにこしながら丸っぽい手を差し出す社長、奴はこちらこそとぶっきらぼうに言いながら手を出し握手を交わした。
「で、俺は誰の護衛をすればいいんですか?」
「へ?」
奴の質問に思わず素っ頓狂な声を出す社長。
誰?
この状況で、この私を前にして本当に誰か分からないの?
私の横で藤川も驚いている
「えっと、この子だよ。小泉千遥だ」
「は?」
「えっと、ほらカルピースのCMとか知らない?」
「知りませんけど」
「え?君んちテレビないの?」
「ありますけど」
そう言って私の顔を不躾にまじまじと見つめてくる。
まるで信じられないとでも言わんばかりに。
何、私がアイドルだってことがそんなに許せない?
右手に握った拳がきりきりと痛む。
今にもテーブルを掴んでひっくり返しそうな私を、藤川さんは心配そうに私の様子をちらちらと窺ってくる。
「そんなに私アイドルっぽくないかなぁ。ねぇ藤川さん」
私の顔を見ると藤川さんは、ひっ、と男の癖に情けない声をあげた。
何か見てはいけないものを見たかのよう。
「そ、そうだね。今の表情はアイドルっぽくはない……かも」
「いやいや、どんな顔しようが全然アイドルっぽくねぇだろ」
その奴の言葉が最後に私の怒りは沸点に達した。
「ち、千遥ちゃん、おさえて、おさえて!」
ざけんな、てめぇ何様だと、など諸々アイドルらしかぬ暴言を吐きながら私は藤川に掴まれ退場させられた。