桐生と連絡繋がらなくなって数日経った。
私はいつも通り、仕事をこなす日々。
奴への決定づけられた気持ちを紛らわすため、仕事に没頭していた。
そして今日は私の苦手なドラマ撮影。
台詞を一語一句間違わないように完璧に暗記し、自分の番になったら表情を作り変え言葉を出していく。
主演のリサさんとその彼氏とのやり取り、その前で私はただ上の空だった。
皆の視線を感じ、自分の番と気付いた時には台詞なんて抜けてしまっていた。
あぁ確か、ここはリサさんが彼氏に詰め寄って……
「カーット!」
監督の声が響く。
「す、すいません」
「台詞忘れちゃったの?」
「はい、本当にすいません!」
「ろくな演技もできないくせに、台詞も覚えられなくてどうすんの?」
……痛いな、これは痛い。
目の前が真っ暗になっていく気がした。
監督の言葉が胸に重く突き刺さる。
その一言が言われなくて、せめて台詞だけは間違えないように忘れないようにしていたのに。
「ちょっ、監督!……少し休憩挟みましょうか?」
監督の言葉を聞いていたスタッフが気を使って声をかけてくれる。
しかし、ここで自分のせいで皆に迷惑なんてかけらない。
「大丈夫です、続けて下さい」
そう言って深く頭を下げる。
大丈夫、今まで何も辛いことがなかった訳じゃない。
何も苦労せずに旬と言われるようになった訳じゃないんだから。
目頭が少し熱くなったが、絶対に泣かない。
台詞、台詞、次の台詞。
頭を巡らせる。
台詞は全部覚えてる、頭にしっかり入ってる。
場面、場面で合わせて言っていけばいいの。
どうせ、まともな演技なんてできないんだから。
だから、これ位……。
「緊張しなくていい、肩の力抜いてみろ」
考え込む私に、監督が初めて助言をくれた。
今までただ傍観するだけだったのに。
「はい、ありがとうございます」
……そうだよ。
どうせろくな演技できないんだから、もっと吹っ切れて行こう。
台詞、台詞って気にするから演技がぎこちないんだ。
もっと自然に、リラックスして。
「千遥ちゃん、おつかれっ」
撮影終わり、藤川さんが嬉しそうに寄ってくる。
あれからダメ出しが多くてへこたれている私。
藤川という男はその心情が察せない程、空気が読めない訳じゃないのに。
「どうしたの?」
ちょっと暗い声のトーンで聞く。
「監督が褒めてたよ、今日の演技は良かったって」
「本当!?あんなに注意されてたのに?」
「良くなってきたから、やっと口出すようになったんじゃない」
「え?」
「千遥ちゃん、あの監督さん知らない?前は色んな映画で賞撮ったりするようなすごい人だったんだよ?」
「うん、この話がきた時監督のこと調べた。そんなすごい人がどうしてこんな深夜枠のドラマの監督をやってるんだろうって不思議だったんだけど……」
「そうそう、ぱったり映画撮らなくなったと思ったら、こういう小さな仕事ばかりするようになってね。やる気なかったんだろうね、この流行りの子しか使わない話題性だけあるキャスティングとか嫌いそうだし」
「……ねぇ、藤川さん、これってすごいチャンスだよね?」
「うん、頑張ろう」
自分の猫よりも下手だと言っていた桐生に聞かせてやりたい。
私の少しは成長した演技を見せてやりたい。
褒めてくれるかな、それともまだまだと嘲笑うかな。
どっちでもいい、会って話さなくても声を聞けるだけでも構わない。
……彼に会いたい。


