「ただいまー…」
そう言ってみても、返事はない。
あたしが午前中に家を出てから無人だったため、この家はじりじりと暑かった。
「はぁ…あっつ……」
すぐに自分の部屋に駆けこんでエアコンをつける。
扇風機もつけると、帽子をそのへんに脱ぎ捨ててタンスを漁った。
「着物…どこだっけ…?」
前に着たのはいつだったっけ。
そんなことすらも思いだせないほど昔だったのだろうか。
「あっ、これだ……」
懐かしい柄。
ピンクの生地に、何匹かの蝶がとんでいる。
帯はひかえめな黄色。
「うわー、久々に見たなぁ」
思わず笑みを浮かべてしまう。
佳津の喜ぶ顔が目に浮かんだ。
「っと、そうだ……」
机の上に放り投げた鞄を雑に掴むとスマホを確認する。
LINEもメールもきていない。
…いつものくせで、指はメールを受信したところのボックスを開いてしまう。
「……駄目だなぁ、もう終わったのに」
あの頃は、この文面を見ただけで幸せな気分になれた。
でも、今は…
幸せどころか、古傷がえぐられてる気分だよ。
この送られてきたメールを削除しようとしても、指が震えちゃって。
どうしてもあの頃を思い出しちゃって。
胸が痛くなって。
……また、戻れたらいいなんて。
ただの戯言なんだけれども。
「さて、6時に間に合うように着付けないとね…」
スマホの画面を真っ黒にしたことを確認してから、片手に着物をぶら下げる。
全身がうつる鏡の前へ移動して、七分丈のゆったりとしたYシャツを脱ぐ。
ピンクが基準の着物を昔の記憶をたどって着ていく。
「これでいい、よね…?」
