東北のド田舎の高校を卒業し、東京のまあまあ有名なホテルへ就職。
高卒で社員だと給料手取りで10万円… アホかってことで1年も経たずフリーターデビュー。

ときはバブル真っ只中。喫茶店やカラオケ店員で必要十分な収入を得て、流行りの
ロックバンドを結成したら、すぐインディーズでプロデビュー。

こうなってくると、女の子の方から沢山のお誘いが来るようになり、特定の彼女は作らずに、
不特定な彼女と楽しんだり修羅場になったり。で、面倒くさくなったり。

あるときバイト先で10歳年上の既婚女性と出会い、ディープに溺れた。とても美しく聡明なのに、
ベッドの上では淫らなモンスター。きっとこの人以上に夢中になれる人は今後現れないだろう。

そんなこんなで20代も後半になり、やりたかった事はすべてやり尽くしてしまったような、
脱け殻人間が誕生。順調過ぎた男の悲運、終わりの始まりである。

「よっしゃーじゃここらで一丁リセットかましちゃろか」

生活を一変させるため募集雑誌で住込みの仕事を探してみる。
【特殊浴場でのボーイ、高収入、経験不問】

?! えっと、特殊浴場ってたぶんソープランドのことで、そこでのボーイって何をするんだろ?
呼び込み、受付、店内の掃除、くらいしか想像できない。

未知の世界へ飛び込むのは大きな恐怖を感じるとともに、久しぶりのワクワク感 o(^▽^)o
まずは行ってみるかと、電話で面接アポ。

バイトの休みに合わせ、電話で言われたように台東区にある鶯谷駅の南口からお店に電話した。
「お電話ありがとうございます、ピンクローゼスでございます。」

初めて電話したときと同じ、優しく落ち着いた男性の声。まるでホテルのフロントのよう。
「面接をお願いした小野です。鶯谷駅の南口に着きました。」

「ボーイの面接ですね。そうしましたら小野さん、車で迎えに行くのでそこで少しお待ち下さい。
ナンバー550、黒のプレジデントです。」

「え、そんな、いいんですか?」
「大丈夫ですよ。それに小野さんがやるかも知れない仕事のひとつですよ。」

10分くらい待っていたら、来たよ来ましたよデカイ黒い車が。
なぜかその駅前の電話ボックス周辺には10人程の人が何かを待っているように見えた。

人々の前へ静かに車が止まり、運転席から降りて来たのは黒のスラックス、ワイシャツに蝶ネクタイ
ワインレッドのベストに黒縁のメガネをかけたやや小柄な男の人。

言われた車だったので近づいて行くと、男の人は早足に車を回り込み左後部座席のドアを開け、
「小野さんですね? お待たせ致しました。」 ←これにはビックリでしょ!

「どうぞ、乗って下さい。」笑顔で気さくな感じ。歳は俺と同じくらいかな。
乗り込むと、「閉めますよー。」と一声かけてからドアを閉めてくれた。

駅の坂を降り、大通りには入らず裏道を走る。
「吉原は行った事あるの?」 ニコニコしながら話しかけてくれる。

「いえ、吉原炎上の映画でしか知りません。」 俺の知識にはそれしかないのよ。
「あははは!古いので来たねー あのときの名取裕子はホント綺麗だった!」

「さっき駅にいた人達ってね、ほとんどソープランドへの送迎待ちだよ。女の人は嬢ね。
でも良かった、うちはボーイ経験者やソープ通いの人は取らないから。」 ニコニコ。
「そういうもんなんですか〜」 なぜなんだろう…

「そういう人はね、店の女の子と出来ちゃったりすんのよ。確率高い。もしそれがバレたらね
ヘタしたらね… 」 南北へ伸びる大通りを2つ東へ横切り、また裏道へ入った。

しばらくして「この辺から吉原かな。」
凄い光景だ。狭い道の両側にひしめく看板。店の前には蝶ネクタイの男達が車に誘いの手を挙げる。

彼らはこちらの運転手の顔を見て踵を返す。
「実はうちの店とっくに過ぎてるから、この先でUターンしまーす! あはは!」