『今からそっち向うから』


そう一方的に電話が切れて放心状態の私を、侑哉は心配げに覗きこんでくる。
とっくに電子レンジの中のお弁当は温く(ぬるく)なっているし、明日はまだ仕事がある。

なのに、不安でお腹が痛くなってきた。

「上司が今からこっちに来るみたい」

まるで他人事のようにそう言うと、ドライヤーを探しに洗面台へ向かう。
時間厳守で、遅れたらうるさい元上司。
身だしなみにもうるさかった。
長年、あの人に指導して貰っていたから分かる。

完璧にしないと……。

「こんな時間に、みなみに会いに来るの? 何で?
てか非常識じゃん」

「私も分からないし、そう思うけど妙な勘違いされてたら嫌だしちゃんと話してみる」

あの人は私の考えの更に上をいくから、予想なんて出来ないもん。

心配そうに見てくる侑哉に、ニヘっと力なく笑って見せたが、逆効果だった。

すぐに唇を尖らせて、ソファに投げ置いていたブルゾンを羽織り、テーブルの上にあった鍵を握りしめる。

「送っていくよ」


その言葉に、今度は心から笑顔がこぼれ落ちた。