心はホテルの壁にかかった姿見の鏡の前で、明るい色のスカーフ柄がプリントしてあるヒラヒラしたワンピースの背中に腕を回し、
「あかん、届かへんわ。速人手伝って」と背後ですでに白のカットソーを脱いでいた速人が振り返り、
「お前、マシンガンをぶっぱなせる腕持っとるくせに、何でこんな簡単なことがでけへんの?」
速人が苦笑いを浮かべた。自分の姿が、鏡越しで表情を歪めている。
「うち体固いもん」
と心が口を尖らせていると、後ろに手を回していた腕を速人はやや乱暴とも言える仕草で、引き寄せた。その動作に心が少しだけ顔をしかめる。
「嘘こけ。
お前は中国雑技団並に体柔らかいくせに」
速人が心の耳元でそっと囁き、心は微笑を浮かべながら首を傾けた。
「大昔の話や」
心が答えて、ノースリーブのワンピースが彼女の細い肩を滑り落ちる。
ストン、と床に落ちた際に腕組をして下着姿になった心にほんのちょっと目を背ける速人。
でも、心の白い右肩から肩甲骨に掛けて高々と脚を掲げる『馬』のタトゥーが入っていたのを見た速人は自分も逆の左肩には心と同じタトゥーが彫られていることを確かめるように、その場所をそっと撫でた。
「玄蛇には“鏡”があるんやてね」
心の言葉に速人が振り向くと、鏡の側面をそっと撫でながら心は微笑を浮かべていた。
心は黒い革のパンツを履き、同じ素材のトップスを着用している。スレンダーなその身体に革の素材がぴたりと密着している様は違和感なく彼女の雰囲気に合っているが、さっき受付を通ったときの“新婚カップルの妻”の姿はもはや形を留めていない。
「玄蛇が鏡やったら、うちらは何になるんかな」
「知らへんわ」と速人はそっけなく言い、速人も同じような素材のパンツに、同じようなトップス姿で拳銃をベルトにはめ込むと
「今は集中しぃ。へた打たんように、気ぃつけな、な。
ほな、行こか」と扉の方を顎でしゃくる。
玄蛇には“鏡”が存在する―――
対馬は、対にはなっているが、その意味を速人は知らない。
だが、
知らない方がいい。
速人は思っていた言葉をついに口にすることはなかった。



