あたしは怒鳴り声を挙げて、一瞬だけ顔を逸らすと銃口の先がぶれた。
その秒の単位が勝負だ。
一瞬の隙に肘を突きあげ男のみぞおちに一発食らわしてやりたかったが、男はまるで風のようにそれを避ける。
ガシャン!!!
あたしの肘は鏡にぶつかり、パラパラと落ちる。
流石だな。殺しの世界一と謳われるだけある。あたしの肘鉄をかわすたぁ。
だけど
「なるほど、私は君を見くびっていたようだ。
想像以上だよ」
と、男はどこまでも楽しげだ。
鏡を割った際に肘を怪我したのだろう、血が流れ落ちるのが分かったが、そんなこと気にしてられない。
男のハジキの銃口の狙いは完全にあたしからずれている。
「軽口叩けるのも今のうちだぜ!!
今にそのペラペラ良く動く口を塞いでやるよ!」
腰を捻り顔を低めながら、素早く後ろを振り返り、振り向きざまに男のハジキを持っていた手に回し蹴りを食らわしてやった。
あたしの蹴りは男のハジキを的確に狙ったみたいで、ハジキが床に転がり落ちた。
「やれやれ、血の気の多いお嬢さんだ」
男は武器を失ったのに、またも楽しそうにしていて、その底知れない余裕が少し怖かった。
けれど怯んだら負けだ。
だけど全面鏡がはめられてるこの状態で、ハジキがどこに落ちているのか分からない悪状況。
どれもが偽物に見えるが、でもどれか一つはホンモノだ。
「流石だね」と、男はまだ余裕の笑みを浮かべている。
だが、ハジキがこの男から離れたら、こっちのもんだ!この悪状況はこの男にとっても同じ。
フィフティーフィフティーの状態だ。
素手なら何とかこの状況を抜け出せるかもしれない。
あたしが拳を構えると、男が余裕の笑みを浮かべながら、人差し指でこちらをくいくい。
「掛かってこいってか?
随分、余裕だな。
なら
やってやるよ!!」
あたしは構えていた拳ではなく、脚で男の脛を狙ったが、それよりも早く男がくるりと方向転換。
「狙いはなかなかいい線を言ってるが、まだまだだね」
まるで挑発するかの物言いが、あちこちに張られている鏡の中で反響して、声がどこから聞こえるのか分からなくなっていた。
ついでに言うと、悪いことにあたしが足払いをしようとした瞬間、実体の男を一瞬だけ見失った。
四方を囲む鏡の中に男の姿があちこちで写りこんでいる。
実体のない、その姿に向かって拳を振るうのは
危険だ。