組員はイチの実の父親が俺だとは知らないから、そんなこと堂々と言えるんだろうが。
事情を知っているタイガは「くくく」と忍び笑い。
「タイガ、手を動かせ!」と怒鳴ると
「はいはい!」と慌てて分厚い会計ファイルを手にする。
それでもめげない組員たちは
「オヤジ、イチさん呼んでくださいよ」としつこい。
「アイツは今“彼氏”とイチャイチャ中だ」
と、顔も上げずに会計ファイルの書類の数字を指でなぞっていると
「彼氏!」
「俺のイチさんがー!!」
と、またも外野が煩い。
いちゃいちゃしてるのか、どうかは分からんが俺の部屋にキョウスケを呼んだには違いない。
まぁ相手はキョウスケだし、変な気は起こさんだろう。
あいつに関しては妙な信頼があるって言うか。逆にイチがキョウスケを襲ってないか、そっちの方が心配だ。
「彼氏か~、あれだけ可愛いと親御さん心配だろうな」
と一人がしみじみと言い出し
「あー、お前んとこも娘居るもんな~」とまた一人がペンをフラフラさせながら苦笑。
「いや、俺んとこは心配と言うよりも、娘に言われちまって」
「何を?」
「『お父さんがヤクザって絶対知られたくない!!こんなんじゃ彼氏もできない!』って」
「「「あーまぁな~」」」
と、方々で同意の意見。
鴇田組の構成員の中で既婚者は4分の1と言う少数は、別におかしなことではない。
適当に遊ぶ女なら幾らでも居るが、結婚となると自分たちのバックが関わってくるからな、並の女ではヤクザの内儀が務まらないだろう。
まったく、生き辛い時代だぜ。
「でも、何だかんだ可愛がってるよな」
「そうそ、デスクに写真なんて飾っちゃって~」
「彼氏なんかできた日には、『娘はやらんぞ!』って言うんじゃね」
と、娘が居ると言う組員に周りからからかわれて(?)いるが、その組員はどこか嬉しそうだった。
ふぅん
そうゆうものなのか。
世の父親、と言うものは。
俺は帳簿の紙面に走る数字を指でなぞっていたが、その手がふと止まった。
パタン
ファイルを閉じると、席を立ち上がり、スーツの上着を肩に引っかけた。
「悪いが出かけてくる」
「え!今からですか?」と慌てる組員。
「すぐ戻る」と言って素通りしようとしたが
「どこへ行かれるんですか?本社?」と言う質問に何も答えず、事務所を出ようとしていると
「会いたい人がいるんじゃない?」
と、タイガの声が聞こえた。
「え?例の婚約者すか?」
「それに似たようなもの」
ふふ、っとタイガが含みのある笑い声を漏らしていたが、俺はそれに気づかないフリで、事務所を出た。