「きょ……すけ……」
あたしは玄関口にしゃがみ込み、少し開いたままの扉に縋って、泣きながら響輔の名前を呼んだ。だけど幾ら名前を呼んでも、幾ら泣いても、響輔は戻ってこない。
「イチ……立つんだ」
鴇田がため息とともにあたしの腕を掴み、やや強引に立たされる。
「でも、響輔が……」と尚も響輔の残像を求めるかのように後ろを振り返る。
なんぼでも
言うたる
『愛してる』
「イチ…聞くのは二度目だが、お前は本当に何もされてないんだな」
まだ泣きじゃくってる私を宥めようと言う気はさらさら無いのか、鴇田は機械的に言ってソファに腰を沈める。
あたしは鴇田の足元で蹲り、声をしゃくりあげていた。
「泣いてちゃ分からんだろう。何があった」
とせっかちに聞かれ
「煩い!!」
あたしは涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると鴇田に怒鳴りあげた。
「何よ!今更父親ヅラ!?19年間ほったらかしだったくせに!」
鴇田は小さくため息を吐き、のろりと立ち上がるとサイドボードの上に置かれたブランデーのボトルと、そしてサイドボードのガラスの扉から繊細な細工を施したグラスを二個、ローテーブルの上に置いた。
「飲まなきゃやってらんねぇよ」
グラスは二つ。そして琥珀色の液体を注いだのも二つ。
アイス(氷)も何も入れずショットで、ぐいと一気に開ける鴇田。乱暴に口元を拭い、もう一杯を注ぎ入れるのを見届けて、でもあたしは何も言うことができなかった。
何か言う気力が無かったと言った方が正しいのか。
二杯目のブランデーは鴇田は一気に煽るわけではなく、一口飲んで大股に開いた膝の上に肘を乗せブランデーグラスを包み込む。その横顔に翳りを滲ませていた。
「21年前を思い出す」
囁くように呟かれた声はどこか冷めていたけれど、でもたぎるような熱が鴇田の黒い目の奥底で渦巻いていた。
それは底知れない“怒気”のように思えた。



