「ん」


コーヒーの粉が入った缶を響輔は軽々取ってくれて……いつも10㎝ヒールを履いてるから大抵外で会うときはそれほど身長差なんて感じなかったけど、


やっぱり響輔は背が高くて、華奢だと思ってたけど女とは違う骨格ときれいな筋肉がついていて―――


意識すると


心臓が大きく跳ねあがる。


近づけた距離から何か仕掛けてくるかと思ったけど、だってそれが男って生き物でしょ??でも響輔は何事も無かったように自然にあたしから距離を取る。


「響輔」


あたしはそんな彼の背後から声を掛けた。裸足の足で一歩響輔に近づき自ら彼を抱きしめた。


物足りない―――とかそんなんじゃない。私の中の気持ちが溢れて、自分自身コントロールが利かなくて


ただ


抱きしめ返してくれるだけでいい。


ただ名前を呼んでくれるだけで―――……


それだけで今のあたしは幸せになれる。たったそれだけ―――






「一結」






あたしの気持ちが届いたのか、響輔があたしの名前をそっと呟く。


でも望んでいた言葉に何の返事も返せない。


だって―――


響輔はあたしが欲しいときにあたしの欲しい言葉をくれる。


「一結」


もう一度名前を呼ばれて、それでも答えられずにいた。今口を開いたら、あたしきっと泣いてしまう―――


名前を呼ばれて涙が出るなんて、こんなことあるんだね。ううん、これがきっと『涙が出るほど嬉しい』って気持ちだ。


「背中、痛い―――。一結の爪、背中に食い込んでんねん」


その言葉にあたしはもっともっと、響輔の背中に縋る手に力を籠めた。


響輔の―――背中に


代紋より深く、紅く





傷をつけたい。




いっときのことであれ、あたしの傍に居てくれた


その証を、残したい。