今あたしは鴇田のマンションのリビングのソファでふんぞり返っている。これじゃ人に物を頼む態度とは言えないわね。
でも鴇田相手だから、いいの。頭を下げてお願いすることなんてできるわけもないし、するつもりもない。
マネージャーは帰らせた。余計なこと言う可能性があるからね。
さっさと帰ってもらうのが一番だ。
鴇田は最後のネクタイチェックをしているのか、何度も位置を確認している。
「てか鏡見れば早いのに。何やってんのよ」
一刻も早く鴇田を追い出したいあたしは、こいつのネクタイの端をちょっと強引に引き、結び目に手をやった。
「痛ぇ。イチ、もっと丁重に扱え」と鴇田が眉間に皺を寄せ、それでもあたしから離れていこうとしなかった。
鴇田の体が前のめりになってこちらに近づいてくる。
今日の鴇田のスーツは黒に近い濃紺にピンストライプ。ネクタイはブルーの斜めストライプ柄。ちらりと見えたタグは高級イタリアブランドの老舗メーカーのものだった。
ふん。
嫌味なセンスね。でも―――
鴇田は大嫌いだけど服のセンスは認めてあげる。
「どういう風の吹き回しだ。今度は一体何を考えている」
鴇田が不審そうにあたしを見下ろしてきて、片眉を器用に吊り上げた。
「………」
あたしはその質問には答えず、ただネクタイを調節する手を止めないでいた。
鴇田の手はスマホをいじっている。仕事のメールでも来たのだろうか。目つきがいつもより鋭くて真剣身を帯びていた。
あたしにネクタイを調整させておいていい気なもんだわ。あたしはあんたの奥さんじゃなくて
むす……
考えかけて辞めた。その言葉は仕舞っておこう。
その考えをかき消すかのように別のことがふと頭に浮かんだ。
今――――……
あたしが力いっぱいネクタイを締めあげれば、鴇田は窒息死する―――……?
あたしは玄蛇みたいなプロじゃないから、こいつに抵抗されると失敗する確率がぐんと上がる。
現に鴇田のスーツベルトの端でちらりと見えた黒光りする拳銃の端を視線で捉えると、足がすくむ。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
けれど
願ってもないチャンスだ。
あたしがこの世で最も忌み嫌うこの男の首を―――
自らの手に掛けることができるのなら。



