玄蛇に抱きしめられて、『あの夜』の記憶が一瞬にして蘇る。


体温、息遣い、香り、鼓動―――





全部が全部“あの夜”と同じだった。







高速で降りて行くエレベーターの重力に、耳の奥がきぃぃんと鳴る。


エレベーターの壁はガラス窓になっていて、外の景色が眺められる構造になっている。


玄蛇はそのガラスの壁に手を付きながら、あたしを腕の中に、胸の内に捉える。





『離さない』




“あの夜”の言葉が蘇る。


ぞくり、あたしの首の後ろが粟立った。


いつの間にか高速で降りるエレベーターの二重窓の外側に雨粒が張り付いていた。


とうとう雨が降り出したのだ。


あたしが予想した通り―――雷の音も遠くでくぐもった音を立ててこだましている。


雨と雷の音に包まれ―――でも、一番近くに居るのは玄蛇。


彼のぬくもりに包まれて、どうにかなりそうだった。






「――――っつ……!


やめて!愛して!!なんて頼んでないっ!!」






あたしは玄蛇の体を押しのけると、精一杯の力で怒鳴った。


玄蛇にどれだけのダメージを与えられたのかは分からない。


大してダメージにならないだろう言葉を耳の奥で反芻させ、目の裏で文字の羅列がひたすらくるくる回っている中


「これきりにする―――と誓う。


君を抱きしめるのは。君を追いかけるのは。君を――――」





愛するのは




最後の言葉は雷の音でかき消された。






ファントムは―――玄蛇だったのだ







きっと……ずっと前から心の奥底で分かっていたのだ…あたしは―――


けれど気づかないフリをした。


気づきたくなかった。




玄蛇の気持ちに――――









「愛してる」








最初で最後の彼の本心は


雨の音に包まれ、くぐもった声音はかすれて聞こえた。





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