「はあ、」



学校についてもう何度目の溜息なのかもわからない。

授業の内容もまったく頭にはいってこない。

私は持っていたシャーペンをくるりと回してみせた。



少年はあの後すぐにまた眠りについてしまった。

私は一瞬動けなくなってしまったが「早く行かないと学校遅刻するわよー?」と下から聞こえてきた母の言葉に再び鞄を持つことができた。

だけど、少年が確かに言った“行かないで、母さん”の声が頭から離れない。

寂しいような、悲しいような、泣きそうな、そんな壊れそうな声。

あんな声…知らなかった。



「ううん、それだけじゃない…」



私は少年のことを、全然知らない。










***










「大河くんのことを知りたい?」

「うん」



家に帰るとすぐに母に少年のことを聞くことにした。

母は少し驚いた顔をしたが直に私に向かい合うようにして椅子へと腰掛けた。

少年はまだ、母のことも父のことも、“お母さん”や“お父さん”と呼んだことがない。

呼ぶときはいつも顔を覗き込むようにして相手が「なあに?」と聞いてくるのを待っている。

だから、今朝のことが正直お母さんには言いづらかった。

だけど、それでも、私は、



「大河のこと、気になるの」










(知ってしまったら、)
(もう戻れないような気はしていた)