帰ってきた涼太は「ただいま」の挨拶もせず、施設の先生や他の子供たちの「おかえり」の声も無視して僕の傍にやってきて言い放った。





「俺、おむかえ、決めたよ。」





僕は目を、見開いた。










***










涙がでそうででない。

その感覚を、僕は知っている。



先生の晩御飯を呼びかける声も、他の子供たちの大丈夫?の声も、全部全部僕にはうるさく聞こえて、初めてこの施設から出て静かな場所に行きたいと思った。

だけれど門限はとっくに越えていて外出は許されない。

僕は自分のベッドに潜り込んだ。

施設の子供部屋には僕のベッド以外にも何人かのベッドが置かれている。

今は晩御飯の時間だから僕以外誰も此処にいないけれど、そのうち部屋に沢山の子供の笑い声が響き渡る。



…来ないで。来ないで。来ないで。



とても自分勝手な願いが胸をいっぱいにした。

ギリッと歯を噛み締めた音が響く。

本当は、どこかでわかっていたのかもしれない。

涼太は良い奴だ。

いつか、いつか、必ずサヨナラの時が来る。

そして、その時が近いことを、僕はどこかでわかっていたのかもしれない。



涼太は“おむかえ”をいつも承認しなかった。



だけれど今日のような“先生の目を離れるおむかえ”はこの施設では数回程度のおむかえをした後に先生の許可がなくてはできない。



本当は、気づいていた。

涼太があの夫婦をとても気に入っていることを。



本当は、気づいていた。

涼太がおむかえをすぐに承認しなかった理由を。



部屋の扉が開く音がして布団越しにポンポンと頭を撫でられる。





「…ごめ、ん…っな…」





頭上に響いたその涙声を合図に、僕の頬に大粒の涙が流れたのがわかった。