私は"篠崎さん"しか知らない。

もっと知りたい。心に、身体に刻んでおきたい。


「俺は…奈々をしあわせにできない」


改めて言わなくたって、分かってる。


だけど、もうダメなんだ。彼に触れた瞬間から、もう後戻りなんてできない。


「でも、あたしは今しあわせ。一番しあわせ…」


そう言って、微笑む。


「今日が終わったら、ぜんぶ忘れるから…」


離さないで、と声にならなくてぐっと腕に力をこめた。


「バカだよ、俺も奈々も…」


「なんでもいい…だってこんなに、好きだから」


後悔なんて、しない。


「…入る?」


私はそっと頷いた。

ビニール袋から転がって出たプチトマトの赤が、鮮やかに発色している横を通り過ぎて。

1LDKの同じ間取りの部屋。


無駄なものがないシンプルな空間のせいか、私の部屋よりも広く感じた。


闇に引きずり込まれるように、寝室のベッドへと二人で沈む。

引きずりこんだのは、私の方なのに。


言葉もなく、求め合う。

強く強く。熱を、彼を感じていたくて。


難しいことも、細かいことも、何も考える余裕がないくらいに、ただただ愛しさだけが増していく。



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