部屋の棚の上に置かれた一つの写真立てには、自分と彼女と思われる女性が美しい草原の上に座り笑顔で写っていた。

その隣に置かれた写真立てには、無の神や死神が修行するために造られた場所であり、水が滴った岩を積み重ねて出来た小さな美しい洞窟で父親と思われる人物が兄と思われる人物と自分の肩に手を掛けて三人仲良く写っていた。


それらの写真のお陰で家族の存在が証明されていると言ったところだろうか?

しかし、彼に分かるのはそれだけである。何故か過去の記憶が蘇らないのだ。家族の事も彼女の事も......。

「............エンデュ」

イヴは、背もたれのない椅子にうつ向いて座り込む彼の背中を見詰めながら言った。

犬神の彼は絶滅危惧種となってしまった神獣である。犬と言うよりは白い狼の様な外見だ。

過去、原因不明で暴れだした闇の精霊達の仕業で何匹もの犬神が死んだ。イヴは唯一運が良かったのである。

イヴの目には、エンデュの髪が今日は珍しくぱさついている様に見えた。

「なんだ?」

彼は、顔も上げずに答えた。

「最近の汝は冷たすぎる......あの心優しい
エンデュは何処へ行ったのだ」

「............本当の自分が分からなくなってしまった」

ずっとうつ向いている彼を、イヴはただ見詰めながらも言い続けた。

「300年前の大惨事のことを覚えているか?あの時、汝に救けられなかったら私は
あのまま死んでいたかもしれない」

イヴのその言葉を聞いた途端に彼の胸の奥底から何かが込上がってきた。


それは..................ある記憶。