そして、鉄の家の中の空間は、静けさに走った。

ただ、奇妙なごつい鉄時計の針が、止まることを知らずに、カチカチ鳴っている。

鉄時計の一番細い針が、30回ほど鳴った頃、ジュノは、おもむろに口を開いた。

「............もう、終わりね。私たち」

すると、ヘリオスは、申し訳なさそうな顔を浮かべて、言い出した。

「すまない......。あの時、俺はどうかしていたよ。君の本当の魅力を忘れかけていた。もっと早くに目を覚ますべきだったよ」

......ヘリオスは、突然、“誰か”に顔面をひっぱたかれた感覚を覚えた。

ひっぱたかれた左の頬は、真っ赤な血色に染まっている。ヒリヒリと痛み、彼は自分の頬を確認するように触った。

そして、前後左右を見渡した。

しかし、誰の気配もなく、相変わらずに鉄時計が鳴り響いていた。

ヘリオスの奇妙なその姿をジュノは不可解に見つめ、言った。

「ヘリオス?」

だが、その瞬間、ヘリオスは、突然、気を失って白目を向いたまま、大きな音をたてて、倒れ込んでしまった。

唖然として彼を見やっていると、今度は、突然、体に間と割りついていた鉄の塊は、次々と外れていった。

手首に嵌められた手錠も、足に間と割りついた鉄も、胴体にきつく間と割りついた鉄の塊も次々と外れていく......。

彼女の頭の中は、真っ白に染まった。が、それは一瞬の内。

頭の中を白く染め上げる暇もなく、“誰か”に腕をグイッと引っ張られる感覚がしたのである。

もともこもなく、彼女はその、“誰か”に力強く引っ張られ、足を取られてしまった。

そのまま、“誰か”に腕を引っ張られ続けた彼女は、あっと言う間に鉄の家の外へと出た。

すると、外へ出た瞬間、姿形もない“誰か”はジュノの腕から手を離した。そんな感覚がした。


彼は、全身の力を抜き、元の姿を取り戻してゆく。無から有へと変わってゆく。持ち前の金髪、恐ろしいと思うほどに整った顔立ち。彼のそのままの姿に戻っていった。

よく見れば、地面にぐうたらと横たわった犬神の姿もある。彼を大人しく待っていたようだ。

ジュノは、思わず安堵のため息をついた。

「エンデュ! こっちはきりがない!」

額に汗をだらだら垂らしながら、大量の闇の精霊の数に苦戦するカゲンはこちらを見て、言った。

彼の付近の地面には、焼け焦げた精霊の死体の山積みになっていた。

鉄の家の前から見れば、ただの灰の塊の様にしか見えない。しかし、これほど小さな悪魔がこのアムールの姿をガラリと変えたとなると、それほど恐ろしい生き物は他にいない。

ジュノの手足の先がブルブル震えた気がした。

その不安な顔を浮かばせて、目の前に映り混む景色を目やる彼女の姿を、エンデュは見つめる。