「現職の大臣の名前ぐらいはお聞きになったことがあるでしょう」
小林さんは呆れたように言った。
私は慌ててもう一度、名刺を見返した。
(言われてみれば、どこぞの大臣の名前は鈴木だったような……)
一時期、ニュースや新聞で名前が取り上げられていたと記憶している。
……悪い意味でだが。
「次の選挙が山場なのです。度重なる省内の不祥事で鈴木氏は大臣どころか、議員の席すら危うい状況です。今こそ貴士さんにお戻り頂く時なのです」
私は困惑した。
小林さんの演説を聞いてあげたいのはやまやまだが、夕飯の支度もしなければならない。
第一、鈴木くんを説得するなんて無理な話だ。彼はこの話をきっぱり断ったのだろう。
「私は協力できません。彼が嫌がっているのなら、家に戻るように説得するなんて出来ません」
そう言って、財布から己の分のお茶代を取り出して、テーブルの上に置く。
彼女は私が置いた千円札をちらりと見ると、断られているというのに慌てるでもなく、取り乱すでもなく、淡々と言った。



