愛を欲しがる優しい獣


「……貴士さん、今お帰りですか?」

声をかけられて、名前を呼ばれて、その顔を見てもまだ信じられなかった。

「……小林さん。どうしてあなたがここに……?」

「お久し振りです。あなたがご実家から出て行かれて以来ですね」

彼女は昔を懐かしむように微笑んだ。

隙のないパンツスーツと一つにまとめたシニョン姿はあの頃から全く変わっていなくて、すぐ誰だか分かった。

唯一の違いである薬指に嵌められた指輪が目について、彼女が結婚したこと知る。

もう、小林ではないのかもしれない。

(あの……クソ親父……)

……何で、俺の住んでいるマンションを知っているんだよ。

ここで恨み言を言っても仕方ない。彼女は命令されたことを忠実に遂行するまでだ。

「貴士さんにお話があって参りました」

小林さんはこちらの驚きなどさして気にせず、一分の隙もなく機械的に言った。

俺はため息をついた。

「やっぱり先に帰っていてくれる?後で行くから」

佐藤さんは俺と小林さんの顔を見比べて小さく頷いた。