箸を割って蕎麦をすすりだした渉に向かって、念を押すように言った。
「会社の人には絶対に言うなよ」
今ですらフラフラ寄ってこられて面倒だというのに、火に油を注ぐような真似をして佐藤さんに火の粉が降りかかるようなことは避けたい。
渉はテーブルに置かれた伝票を指でつまんでひらひらと揺らした。
「昼飯は鈴木の奢りだからな」
「はいはい」
蕎麦ひとつで不安の芽を潰せるなら安いものだ。
そういう意味では、遭遇したのが渉だったことは不幸中の幸いとも言える。渉ひとりなら手を打つのは簡単だった。口が軽い奴に見られがちだが、渉は本当に重要なことや迂闊なことは決して漏らさない。それはこれまで一緒に仕事をしてきた中で、分かっていたことだった。
無事、交渉が成立すると渉は佐藤さんに話題を振った。



