愛を欲しがる優しい獣


俺が通常の業務で押印に使用している印鑑と、木下課長が虚偽の出張精算書を申請する際に使用した印鑑の字体が異なっていたこと。

俺がこれまで提出してきた出張精算書に不備が見当たらなかったこと。

そして、なにより木下課長自身が俺の関与を否定したこと。

この3点が処分見送りの決め手となった。

俺は耐えかねて監査部長に尋ねた。

「木下課長はこれからどうなるのでしょうか?」

「穏便に済ませることにした。刑事事件として訴えることはしない。今、横領した出張費の返金方法を弁護士と相談しているところだよ。君に謝罪の言葉を伝えて欲しいそうだ」

「そう……ですか」

俺は木下課長からの謝罪を素直に受け入れた。

横領は罪だが課長にも課長の事情があったに違いない。更生してくれることを願うばかりだった。