「優、桜の咲いていられる時期は、とても短いの」

平日の昼下がりの河川敷。
矢島優(やじま ゆう)はベンチに腰掛けながら、もうすぐ緑色に染まりそうな桜の木々をぼんやりと眺めていた。
「桜……」
ぽつりと独り言を呟く。

「私、優と知り合えてすごく幸せだったよ」

今でも耳に残っている彼女の澄んだ声。
何故、あの時彼女が過去形で告げたのか、今の優には痛いほど理解できた。
もっと早く気付いていれば、こんなに悔やんでいなかった。
もっと自分に素直になっていれば……。
どんなに後悔したところで、時間を戻す事はできない。
とても今の自分には、あの場所に行く事はできなかった。
「くそっ……」
優は俯きながら、自分の首にかけていたペンダントに触れた。
イルカのシルエットの形をした、銀色のペンダント。
彼女とお揃いの、彼女からのプレゼントだ。
しばらくそのペンダントを握り締めた後、優は意を決したように立ち上がった。
「約束、守らないとな……」
今、自分にできる事をやるしかない。
それが、彼女にできる唯一の償いだ。
優はそう自分に言い聞かせると、残り少ない桜の花びらが舞う道を駆けていった……。