(捕まったんじゃなかったのか!?)

この時の俺は、下で警備に追い回されていたのが、梓に扮したマキちゃんだとは知らなかった。
近づく相手にどんどん激しくなる動悸を、悟られないように拳を握りしめる。

そうしているうちに、二人は俺の前に来て会釈した。

「この度は、社長就任おめでとうございます」

その声はやっぱり梓。

いつもとは全然雰囲気の違う、大人っぽい化粧とドレスは、まわりが振り返る程の美女っぷり。
無表情で、いつもの毒舌が引っ込んでる分、余計別人のようだ。

その目が、俺を見上げた。

「……っ」

ドクン、と心臓が音を立てた。思わず、息を呑む。
けれどそれ以上の言葉も続かず、二人は何事もなかったかのように、会場の隅へと移動していった。

何故、ここに梓が。
そう思うと同時に、彼女の隣に立つ透也に、激しく嫉妬する。

なんで、お前がそこにいる!

いてもたっても居られなくなり、俺は足早に二人を追う。次々挨拶に来るオッサン共を掻き分けて、彼女へと近付いた。

「梓」

肩を掴めば、振り返った彼女が、ビクリとその瞳を揺らす。

「愁也……」

その唇が、俺の名前を呼んだ。


抱き締めたい。

駄目だ。何のために別れた。


自分の中で理性と感情がせめぎ合う。


「何しに、来たの?」


硬い声で問えば、梓が、微笑んだ。


「色仕掛けで、落としに来たの。

愁也、大好きだよ」


そうやって。


俺を簡単に壊すから。




「落とされた……」




ごめん。



もう、手放してやれない。