私んちの婚約者

「う、うるさいやい！」

強がってみたものの。
途端に勢いが殺がれてしまい、私は唇を噛んだ。
透也は私の顔を見て、困った顔をする。

「ごめん、嘘」

わかってる。
どうせ涙でぐちゃぐちゃなんだ。

だって別れるってことは、神前グループの後継者になるってことは、私じゃない別の誰かと愁也が結婚するかもしれないってこと。


ひざまずいて、私にプロポーズした彼。
キスして抱きしめてくれた彼。
指輪をはめてくれた彼。
私が覚えている愁也の姿。

全部全部、
他の誰かのためにするの？
他の誰かのものになるの？


｢……っ、嫌だぁ｣


べえべえと泣き出す私に、とてもきまり悪そうな顔をして、透也が口を開いた。

「悪かったよ、俺も知らなかったんだ。兄さんが愁也を後継者にしようとしてたなんて。逆に阻止して一筆でも書かせて、終わりかと思ってた」

うなだれる透也。

｢それっきり愁也にも梓にも、関わらないつもりだったのに｣

私は透也の顔を眺める。
愁也によく似た、弟を。

｢あんたは愁也を憎んでないの？｣

｢……俺はあんまり母の記憶はないし。実感もない。ただ、兄さんが心配なのと……今は本気でお前に悪いなと思ってるよ｣

ふむ。

「あんたバカだけど、……良い奴ね」

チラリと見て言えば。
彼の顔が真っ赤になった。

あらまあ。
見事な茹で透也のできあがり。

(愁也じゃ有り得ないな……)

そう思って、また涙が出る。

「梓、もう泣くなよ」

透也が私の傍に座って、頭を撫でた。

やだ。

「愁也の顔で、そんなことしないで」

傷つけるとわかってて、言ってしまう。

優しい声も、その顔も、手まで。似過ぎてるの。