ミユ
「お待たせしてスミマセン、凪先輩。荷物、ありがとうございました」


「いやいやこんなの軽いから。全然ヨユー。ほい」

そう言って差し出した凪の手にあったのは、ミユのものと思われる荷物だった。


「あれ、傘は? 借りれなかったの?」

ミユ
「そうなんです、ちょうど品切れになってしまったみたいで……
でも、速水先輩に途中まで傘に入れてってもらえることになったので大丈夫です!」


「ぇ、あ、そう……なんだ。いや、でも俺も送れるよ?
ほら、俺の傘のほうが速水のよりデカいし!」


言いながら凪がチラチラと速水の傘……というより速水の顔に視線を向ける。


(いやコッチ向かれても困るし! それ、なんのアイコンタクトだよ……
俺にどうしろって言うんだよ……)


気まずい隆はそれとなく視線を逸らして遠くを見たり床を見たり……とにかく自然に、気付いてないフリ・聞こえていないフリを決め込むと、さり気なく距離を置き、無関係を主張する。
半ば呆然としながらも、自分の存在を無視して進む会話に耳だけはシッカリと傾けて、会話が終わるのをジッと待っていた。


ミユ
「なに言ってるんですか先輩。凪先輩のお家、わたしの家とは逆方向じゃないですか。
流石にそこまで甘えさせて頂くわけにはいきませんよ~」


そう言って、やんわりと断るミユ。直訳すると「結構」「不要」「間に合ってます」などの言葉が妥当だろう。



(さて、凪はどうでる?)


「いやホント!全然そういうの気にしなくていーから。途中までと言わず家の前まで送ってくって」

ミユ
「そんな……、とんでもないです!受験勉強でお忙しい先輩の貴重な時間を無駄にするわけにはいきません!
雨も強くなってきてるみたいですし、わたしを送ったせいで先輩が風邪でもひかれたらと思うと、とてもとても……そんな無茶させられませんよ。
わたし、一応これでも、先輩がすごく努力されて、志望校合格に向けて頑張ってらっしゃるのを見聞きしてますし、応援してるんですからね?」


「でもさ、俺もたまには息抜――」

ミユ
「凪先輩! 来週からの夏休み、きっと夏期講習とかで大変だと思います……部活もないですし、
特別なことは何もできないですけど……でもわたし、先輩のこと応援してますからね!


「う、うん。ありがと、ミユちゃん……でも——」

ミユ
「くれぐれも体調を崩さないようお身体を労って……頑張ってください!
先輩ならきっと第一志望に行けるって、わたし信じてます」


「…………」
(これは寸劇かなにかだろうか――?)


二人のやりとりが随分とうさんくさいものに感じ、開いた口が塞がらなかった。
一見すると感動的とも言えるような場面だが、上辺だけを取り繕ったような、嘘くささがぷんぷん漂う。



(はっきり言って、七瀬さんの手腕……だよなコレ。あの凪を有無を言わせぬ誘導……)

「流石だ……」


思わず呟いてしまう隆だった——


ミユ
「ほら、急がないと、もっと雨が強くなっちゃうかも……早く帰りましょう?先輩」


最後の一言にはハートマークがついていたと思う。
流石の凪も、七瀬さんに手を取られ、その腕をぐいぐいと引っ張られては抵抗のしようがない。
玄関へと導かれながら、極めつけの下から見上げるような仕草での笑顔攻撃。


ミユ
「ほら速水先輩もっ」


行きましょう?と小首をかしげる七瀬さん。



「…………う、うん」

(これがウワサの上目遣いの活用法?)


先ほどの彼女の目は心なしか潤んでおり、凪のことを慕うあまり胸を痛めている……かのようにも見える。
そのせいか、いつもはもっとベタベタと迫っている凪が面白いくらいに弱腰となった。
——というより、七瀬さんの方から接近されて触れられて、早くも問題が入れ替わっていると思われる。
明らかに凪の纏う空気が違うのだ。



(なんていうか……ダラけきった表情?)


つまり、見るからに嬉しそうというか、幸せそうな雰囲気だ——





廊下でミユに声をかけられてからというもの、断続的に続いている納得のいかない展開に、言い知れぬ不信感を募らせながら……校門前の三叉路で、ミユとともに凪を見送る隆。
結局、良いようにあしらわれた凪への同情なのか、同じ男としての恥ずかしさからか……あまりの居た堪れなさに、最後まで凪と視線を交わすことができずにいた隆だった。