放課後、降り始めた雨のせいでますます薄暗くなってしまった教室と廊下――二度ほど角を曲がった先にある職員室へと向かう七瀬ミユ。
色白な肌に、ぱっちりとした目と小さめの鼻、艶やかで長い黒髪を持つ七瀬は、大和撫子と称されることも多いが、整った"美人"と言うよりは、愛嬌のある顔立ちである。
その可愛らしくも落ち着いた雰囲気のある表情の裏側で、ニヤリとほくそ笑むミユ。


凪と同じくコンピューター部の先輩である速水は、部長であるということを除けば、これといって特徴のない男だ。
いつも連んでいる門倉との会話から察するに、成績上位者に入っているらしいが、そんなことはどうでもよくて、ミユにとってはいかに相手が自分のことを特別視していないかが重要だった。

なんの構えもなしに接することができるというだけで、そうではない他の男より数段ポイントが高かった。
その上さらに今から自分が助力を仰ごうとしていることをかんがみれば、速水という男が非常に頼りがいのある救世主に見えなくもない。


実際、ミユは速水に遭遇する数秒前まで、じわじわと手の平に汗が滲むほどの強い焦りを感じていた。
ただでさえ気候の不安定なこの時期、普段なら折り畳み傘を持ち歩いているのだが、今日に限って大荷物になる関係でカバンを変えてしまったため、傘を入れるのを忘れてしまった。
そしてそのせいで、このままいけば予定外の困難と対峙せざるをえない状況になるのが目に見えており、どうにか回避できないものかと心の中で唸っていたところだった。


奇しくも3年は夏休み前の部活が最後となる今日――来週にも夏休みに入ろうかというこのタイミングで、粘着質な傾向にある凪が決起する可能性を考えてしかるべきだった。

そんなふうに自分の迂闊さを呪いながら、最近になって加わった習慣の一つ、PC室の鍵の返却と顧問への報告を済ませるべく、職員室へと向かっていたところでの遭遇だった。