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 早いところでは期末試験の直前、遅くとも夏休みが終わる頃には、ほとんどの3年が部活を引退する。


(まぁ、一応部長だしな……)

もともと活動日は少ないし、特に成績に不安もないので引退後も普通に通おうと思っているが、セイジは早期引退宣言をして、試験後から部活に来なくなった。内申に役立つような華やかな活動をしている部でもなし、多忙な受験生の貴重な時間を充てがってやれるほどコンピューター部は魅力あるものではないらしい。

確かに一理あるけどな――

俺も数学と英語の夏期講習の予定がそこそこ入ってるし、帰宅後は毎日それなりの勉強時間を設けているので暇というわけではないが……志望校は推薦で狙える範囲で、と無理はしない主義なので、特に焦るでもなくこれまで通り普通に通っている。とは言っても、もともとが盛んな部ではないので夏休みの活動予定はほぼ無い。
一般生徒に開放される数日間にのみ、パソコンのメンテと見張りと戸締まり当番を兼ねて部員が出ることになっているが、全員が強制参加というわけではない。昨年は俺とセイジの二人だけだった。


(でも今年は七瀬さんがいるからな、全員でてくるかも……
というか部員以外の七瀬さんを狙ってるヤツらも集まってくるんじゃないか?)

そうなったら前代未聞というか、面白い光景が見られるかもしれない。

余談だが、我が家にはパソコンが2台ある。1台はデスクトップで、父親の仕事道具なため書き込み厳禁の閲覧専用。もう1台はノートで、もっぱら母親が占拠してる。なので俺が自由に使えるパソコンという物がない。だから自由にパソコンを使える環境が魅力的で、1年の秋頃にセイジを誘って入部した。俺にとって趣味的な意味で憩いの場となっているコンピューター部。手書きも嫌いじゃないが、長文を書くならやっぱりパソコンが便利だ。
その憩いの場に通う3年は、今となっては俺以外ではもう一人、七瀬さんに並々ならぬ思いを寄せていると思われる凪 洋介だけになっていた――


「さて、帰るか……」

俺の進路や受験のことをあまり心配していない両親親は、結局仕事を優先して欠席。担任との二者面談を終えた俺は、カバンから折りたたみ傘を出しながら下駄箱へと向かった。今朝見た天気予報では夕方の降水確率が非常に高く、今まさにその通りの結果となっているのが見て取れる。薄暗くなった廊下を歩いていると、後ろの方からパタパタと軽い足音が聞こえてきた。

七瀬
「あ、先輩っ!!」

意外すぎる声に思わずビクッと身体が跳ね上がる。
お疲れさまです。速水先輩も今帰りですか?――そう言って後方から駆け寄ってきたのは、なんと七瀬さんだった。
自分がいつも遠目に探して、観察しているだけだった人物に逆に発見されて、あまつさえ声をかけられるなんて……珍しいこともあるもんだ。そんなことを振り返り様に考えた。

七瀬
「わたし、これを返したら帰るところなんですけど……
前に先輩、お家は中央図書館の近くって言ってましたよね?
良かったら途中まで傘に入れてってもらえませんでしょうか……
わたしの家もそっち方面なんですっ」

七瀬さんは申し訳なさそうな困り顔で、お願いのポーズをとっている。


「……。あ、傘忘れたちゃったんだ?
意外と抜けてんだなー、七瀬さん。
俺の傘、折りたたみだからちょっと小さいけど……
それでも良ければ」

すると、途端に嬉しそうな表情に切り替わる。漫画でいうところの”パァーーッ”などというキラキラしい効果音が入る感じだ。

七瀬
「すみません、本当に助かりますっ。生徒会の貸し出し傘が品切れだったので……
では、ちょっと待っててください。すぐ終わりますので!」

そう言って七瀬さんは部室の鍵を掲げて見せると、職員室の方向へ小走りで駆けていった。


「…………意外だ」

思わず声に出して呟いてしまうほど、呆然としてしまったと思う。今の出来事が本当に現実のことだったのかと半信半疑になりながら七瀬さんを待つ。ついついボーッとしがちな頭を振って、考えるのは……


(つまり、あれだよな。俗にいう相合い傘をするってこと……?)
「う~ん……まぁ、別に深い意味はないよな。濡れて帰るのは誰だって嫌だし」

一学期最後の活動日である今日、面談と重なってしまった関係で、珍しく部活を休んだ俺だった。そんな俺をつかまえて、傘に入れて欲しいと頼み込んできた七瀬さん。なんとも不思議な展開に、ちょっと戸惑う。


(でもあの言い方……ってかタイミング? むしろこの展開の全てが……?)
「なーんか引っかかるんだよなぁ……」

小骨が喉に引っかかったようなむず痒さがあった。すぐそこまで出かかったものが何なのか分からない苛立ち。見えそうで見えない真相。ヒントはすでにバラまかれているのに、処理しきれていない感じだ——

ぐるぐると考えてあぐねた数十分後、まさか彼女の知られざる本性を目の当たりにするはめになろうとは……あまつさえ、いいように利用されるなど、想像できるはずもなかった――