「一つ、忠告してあげるよ」
結城君はそのままの状態で、私の唇に自分の親指を押し付けて、リップグロスを拭い取ってしまった。
「先生には似合わないよ、これ」
自然な動作過ぎて、目を見開き、体を硬直させたまま結城君の綺麗な顔をただただ見つめていた。
「あれ?先生?」
結城君が顔の前で手をひらひらと動かして注意を引く。
「なっ、何するの!」
「何って、グロス取ってあげたんだよ」
「だから、何でそんなことを平気な顔で普通にやるの!」
「そう?俺、平気な顔だった?」
「それは、もういつもの普通の顔よ!」
「ああ、そう。なら良かった」
「はぁ!?」
何が良かったのよ!こっちは全っ然良くない!!
「あのね!結城君にとってはいつもやってることなんだろうけど、こういうことを普通の人に突然やったらすごい驚くの!わかる!?」
「じゃあ、やる前に宣言すればいいわけ?」
「そういう意味じゃない!」
「どうすればいいのさ」
「そういうことはしない!わかった!?」
「わかりませーん」
結城君は両手で耳を塞ぎ、私に向かって舌を出して見せる。
「話を聞け!」
結城君の腕を取って、耳から外させると、私の前髪ごしにおでこに向かって結城君がキスをする。
「仕返し」
私がおでこを両手で抑えて、後退すると結城君が、にやりと笑う。
「は、はぁ!?何の仕返しよ!」
「まっ、これもいつもやってることですけど?」
小さく舌を出してから、くるりと背を向けて歩き出した。
「だ、だからそういうのをやめてって」
「あー、うるさい。近所迷惑だよ、先生」
「誰がうるさくさせてると思ってるの!!」
自分が今日、大失敗してしまったこともこの場では忘れて、家に帰るまで結城君には肩透かしの説教をし続けることになった。

