「芹沢先生。ちょっと、分からないところがあったんですけど、いいですか?」
授業が終わり、集めた夏休みの宿題の端を整えていると、結城君が教科書を持って私の前に立った。
こうなったら、流石に逃げることはできない。
でも、周りにクラスメイトの目がある中では結城君も擬態化したままのはずだ。
よしっ、と心の中でこっそり意気込んでから、口元に笑みを浮かべた。
「いいわよ。どこ?」
「ここの問題なんですけど」
結城君が示した場所は問題が書かれている横の余白。
そこには綺麗な文字が文章を作っていた。
俺のこと、避けてるでしょ。
「なっ・・・!!」
慌てて口を抑えると、結城君が笑みを浮かべ、「この問題は」なんて何事もなかったかのように質問を再開させた。
クラスメイトの目がある前で、結城君が優等生を演じなくてはならないことと同じで、私も教師らしくない発言をここですることはできない。
あなたがあんなことするからでしょ!と叫んじゃいけないのだ。
だから、結城君は私がここでは逃げられないことを知っている。
辛うじて手放さなかった平常心の端を手繰り寄せながら、私が説明を加えると結城君は満足気に「ああ、そういうことですか」とわざとらしい声を出した。
その問題、あなた簡単に解いてたくせに。

