「芹沢先生って、そういうことに疎そうだから心配してたんですよね」
「疎そう、ですかね」
「付き合ったこと、あります?」
「っ・・・、どうして」
「勘ですよ」
にっこり微笑んで、首を傾げる様は男子生徒から人気のある仕草。
でも、もしかしたらこの人も擬態化してるんじゃないだろうか?
「これ、あげます」
美原先生は円筒形の小さな小物を私の机に置いた。
「何ですか?これ」
「グロスです。オレンジが少し入ってるんですけど、私のイメージとは違ったんで。安心してください。未使用ですから」
そのピンク色の入れ物を持ち上げ、裏面を見たり回してみたり。
「芹沢先生、元々唇が赤いから口紅塗ってないんですよね?」
「え、はい。塗っても、その色が出なくて」
「でも、グロスは塗った方がいいと思いますよ。それだけで、エロティックになりますから」
「え、ろっ・・・」
「そんなことで赤くなってどうするんですかー。それで可愛いって言ってもらえるの、10代までですよー?」
そんなこと言われたって、仕方が無い。
私の恋愛経験は生徒のものより遥かに下回るんだから。
「その人とのデートに使ってください」
美原先生が微笑みながら、授業道具を持って職員室を出て行った。
美原先生が笑うと、可愛らしさの中に何でか色っぽさも感じる。
これが、エロティックってやつか。
校内でそんなフェロモンを撒き散らす必要があるんだろうか。
だけど、私はグロスケースをポーチの中の1番取り出しやすい位置にそっと置いてしまい込んだ。

