「決まり」
私には結城君の皮を被った別人にしか見えない目の前の人が、その時だけは学校でプリントを渡して来た時のように柔らかく微笑む結城君に戻っていた。
「な、何が?」
「俺は先生の恥ずかしい趣味を誰にも喋らない。先生は俺が優等生を演じていることを喋らない」
「でも、煙草は・・・」
「わかったよ。先生の建前説教は聞きたくないしね」
結城君の言葉は勘に触るが、ひとまずは灰皿に煙草を押し付けてくれた。
そして、結城君は愉快そうに笑って顔を近付けて来た。
「同盟組もうよ」
「同盟?」
「俺と先生の秘密の同盟」
目を細め、微笑を浮かべながら呟いた声は掠れ気味で嫌に色っぽい。
「そんなもの・・・」
「決まりね」
一方的に話を終わらせると、結城君は「また明日」と余裕な笑顔で手を振った。
「ああ、それと」
部屋に戻りかけた結城君は思い出したように振り返って、私の頭を指差した。
「先生って思ったよりもカジュアルなんだね?」
示された場所を手で探ると、手に当たったチョンマゲにまた冷や汗が噴き出る。
「ギャップ萌えには、ちょっときわどいかな」
呆然とした状態で結城君が部屋に戻って行く行動を眺めていた。
少しの時間で信じられないないことが起こり過ぎて頭は混乱したままだ。
私の耳には教師生活が破滅へ突き進む、足音がはっきりと聞こえていた。

