お兄ちゃんと同居して約1週間経った。





意外にも毎日、お兄ちゃんは鬱陶しそうな顔をしながらも、僕をこまめに世話してくれる。

案外良い奴なのかもしれない。


「ほれ、プチゴジラ。エサ。」
僕、マサムネなんですが。





いつものようにそんな会話をお兄ちゃんと交わしていたとき。

家の扉がバンと大きな音を立てて開け放たれた。


扉の向こう側には、頭に卵をのせた女が立っている。新たな挑戦者のようだ。

お兄ちゃんの方を見ると、口をあんぐり開けたまま固まっていた。





それもそのはず。女からは凄まじいほどの殺気を感じた。きっとそのパワーも今までの挑戦者とは比べ物にならないだろう。お兄ちゃんは今度こそ死を覚悟したようだった。





「え、えみさん?今日、約束してたっけ?」
慌てふためくお兄ちゃん。女はお兄ちゃんの不意をついて縄張りを奪うつもりだったようだ。


「急に寂しくなっちゃって。来たらまずかったかな?」

女は可愛らしい笑顔をつくって首をかしげる。

しかし、目が笑っていない。


「今日、ほら、あいつ…じゅんが家に来るんだ。だから悪いけど、えみ、帰ってくんない?」

ちゃんとこの埋め合わせはするからさ、とお兄ちゃんは女の手をとりながら上目遣いで訴える。


「あ、ちょうど私、じゅんくんに用事あったのよ。数学の問題集、借りてて返さなくちゃいけないの。返したらすぐ帰るから。ね?」

顔の前で手を小さく合わせる。その指の隙間から見え隠れする切れ長の目がギラギラしている。





牽制が始まった。

闘いは目前にある。





「だめだめ!男だらけのむさ苦しい所にえみを置いておきたくないよ!」

お兄ちゃんは目をうるうるさせた。





そのときだ。





ピンポーンという音がした。続けて「おじゃましまーす。かずくん、遅くなってごめんねぇ。」という声と同時に、パタパタと足音がする。

足音はだんだん大きくなり、扉の前で止まった。


「あ。うそ。」
扉の向こう側には口を小さく開けたまま突っ立っている女。

転居の翌日に来た、あの赤茶髪の挑戦者だ。


どうやら、再び縄張り争いに参戦するようだ。三つ巴の死闘が始まるのか。





「この人がじゅんくんかな?私には澤田さんにしか見えないんだけど?」

低い声で、女が真っ直ぐにお兄ちゃんを見据える。


「えーっと…なんでだろう…なんでだろうね。」

お兄ちゃんの目線が宙を舞う。





「そういえば私、今日、用事あったんだったぁ。おじゃましましたぁ。」

そそくさと戦線離脱する赤茶髪の女。


無理もない。あの頭に卵をのせた女の殺気を前にしては、堅くした決意も崩れるだろう。


すぐに1対1の闘いに戻った。





しばしの沈黙の後、闘いの火蓋は切って落とされた。





「逝ね。」

「えみ、ちょっ…待っ」

女の目が鋭さを増したとたん、女の白くて細長い右足がお兄ちゃんのみぞおちとやらにクリーンヒットした。


「うぐぅ…ふぅ…うぅ。」

涙目でお兄ちゃんがその場にうずくまる。顔が険しい。


すると、間髪入れずに女がお兄ちゃんのお尻を蹴り上げた。

ゴムボールのように跳ね上がるお兄ちゃん。

苦悶の表情である。





観覧者としては面白くない。この前のように激しい攻防が見られると思ったのに、お兄ちゃんは手も足も出ない。情けないったらありゃしない。見損なったぞ。





女はみぞおち→尻→みぞおち→尻と攻撃を繰り返し、その度にお兄ちゃんは力なく宙を舞った。





女が攻撃を止めたとき、お兄ちゃんはうつ伏せに倒れぜぇぜぇ息をしながら、涙を流していた。

「えみ、悪かったよぅ。もうしないからぁ…うぐぅ。」


闘いは女の勝利で幕を閉じた。





女戦士はお兄ちゃんにとどめをささずに、
「私達、もうこれで終わりね。」
と言って立ち去った。


どうやら縄張り争いではなく、女のストレス発散のための闘いだったようだ。




頭にのせた卵の子育てで気が立っていたのだろう。