約2週間、僕はお兄ちゃんの家で暮らした。





たまさんが旅に出た翌日、女が訪ねて来た。

赤茶の髪の綺麗な女。ただ、たまさんとは異なり、身体に大きな卵を2つぶら下げていた。

孵化寸前という感じだ。





鴨川の父の友人は、卵が孵化するまで背中に背負って守っていたという。彼女もその友人と同じ種族なのかもしれない。





「いらっしゃい、まゆちゃん。」

お兄ちゃんが微笑む。その微笑みが嫌らしく見えるのは僕の気のせいか。


「遅くなってごめんねぇ。えみ先輩につかまっちゃってさ。…先輩、たぶん勘づいてるよ。」

「え?何か言われたの?」

「『一緒にお茶しない?』って。そんなこと言われたの初めてだよ。『すみません、用事あるんです。』って言ったら、不機嫌そうに『あ、そう。』だってー。」

そう言って長い髪をかきあげる女。何だかちょっと楽しそうだ。


「そっか。でも仕方ないよ。まゆちゃん、セクシーなんだもの。放っておいたらバチが当たっちゃう。」

ニヒヒとお兄ちゃんが笑った。


「ふふ。…あれ?何これ?」

女が僕に目をやった。





「妹の。旅行行ってる間、預かってる。」

「へぇ。たまこちゃん、こういうの好きなんだ。私は無理だなー。」

そう言う割には、面白そうに僕の背中を何度も突っついてくる。僕に気があるのか?だめだ、僕にはたまさんという心に決めたひとが…。


あんまりしつこく突っついてくるから、身体を縮こめたら、女は突っつくのを止めた。





「ね、俺も構ってよ。」

お兄ちゃんが身体をくねらせる。気持ち悪い。おまえは軟体動物か。


「うふふ。かずくんはせっかちなんだから~。」


そのキャッキャウフフな会話が交わされてすぐ後のこと。

この家は戦場と化した。





女は笑いながらお兄ちゃんの身体を押し倒そうとした。すると、お兄ちゃんは伸びてきた女の手を持ち、くるっと身体を反転させ、逆に女を押し倒した。






僕は、これを知っている。






昔、黄緑色の長老カエサルから父が聞いたところによると、森にはひっくり返ると死んでしまう種族がいるという。この種族は、縄張りを守るため、あるいは意中の女と結ばれるために、相手がひっくり返るまで戦う。


そのバトルが今、目の前で繰り広げられているのだった。


相手が女であることからすると、おそらく縄張り争いだろう。初めのキャッキャウフフは牽制の一種だったのかもしれない。





僕はハラハラしながら、闘いの行く末を見守った。妹であるたまさんには悪いが、心の隅でお兄ちゃんの敗北を願ってしまう。



互いに譲らない。ヒレに汗握る一進一退の攻防。

死闘は約半日にも及んだが、僕の予想に反し誰も死ななかった。






その翌日は、真っ直ぐな黒髪の別の女が来た。



その次の日は、短い茶髪の別の女が来た。



その次の日は、丸坊主の別の女が来た。



その次の日も、そのまた次の日も別の女が来た。




どの挑戦者も闘いの後、家から立ち去ったところを見ると、お兄ちゃんに敗れたのだろう。




たまさんを怒らせるゲスな軟体動物にすぎないと思っていたが…。


意外にホネのある奴なのかもしれない。