「岡崎さん遅刻やで。気をつけるように」
50代そこそこの小柄のおばさん教師に優しい口調で注意をされた。
「はい」
静かに席について、古典の授業を受けた。
「大丈夫?」
後ろを振り返り、小声で心配そうに聞いてくる美穂に、大きく頷くと、少し安心した表情になり、前を向いた。
隣からは、やけに感じる黒谷の視線が痛く、一度、精神統一をするかのように目を閉じ、覚悟を決めると、笑顔で彼の顔を見た。
まるで『私は何も気付いてませんよ』と言っているように・・・。
黒谷は、いつものさわやかな笑顔を杏子に向けると、黒板に目を向けた。1限目の授業が終わると、いつもと違う教室の雰囲気に気付いた。
―――いつもの猫撫で声が聞こえない・・・。
休憩時間になると、健一の周りに集まっては気に入られようと、猫撫で声を出していた女子たちが今日は一人もいない。
美穂に聞くかどうか迷いながら、杏子は担任から呼ばれていたので職員室に向かった。
「失礼します」
「あぁ、岡崎さんこっち」
手を振る担任の古野の元に向かうと、体調のことを気にかけてくれながら、今朝の遅刻を注意された。
「今後、気をつけます」
あまり心も込めずに言い、頭を下げると職員室を出た。
廊下の窓は全開になっていて、生暖かい風が肩までのストレートの黒髪が乱れた。
そして、目の前にいる人物は、私が最も会いたくない人物だった。
―――杉村さん。
さっさと立ち去りたかったが、目の前にいる杉村に睨まれて動くことができなかった。
―――なんで?足が動かんし。
杏子は動こうと必死になっていたが、思うように足がついてきてくれなかった。

