「岡崎、これ整理しておいてくれるか?」


中西からに手渡されたのは、今日の全試合の結果だった。

それを体育館の舞台上の机でパラパラと軽く見ながら整理をした。


『1年男子1試合目 1組対5組』


杏子の手は、思わず止まってしまった。


―――この時から勝負してたんやね。


健一がどんな気持ちであんな勝負を黒谷に挑んだのかと考えると、杏子の胸は痛くなった。



舞台上から見渡せる体育館の中で怠そうだけど、真面目に片付けをしている健一を見つけた。


―――同点やったらどうなるんやろう?


健一と黒谷くんの勝負は『3-3』の同点。


『負けたら、岡崎杏子を諦める』


黒谷の気持ちには以前から気付いていた。


しかし、気付かないようにしてきた自分に突き付けられた現実は、正直重かった。

しかも、自分を騙して、健一を蹴落としてまで手に入れようとする黒谷に対して、憎悪以外には何にもなかった。

本来なら、健一にすっきり勝ってもらいたかったが、それは黒谷に諦めさせるためで、健一が好きだからとかいうのではなかった。


それなのに、健一に勝って欲しいなんて都合が良すぎると自分自身感じていた。


後片付けも終わり、沙知に一緒に帰ろうと誘われていたので、沙知が着替えてくる間、誰もいない下足場前で待っていた。

しばらくすると、俯きながら歩く健一の姿が見えた。

健一は、杏子に気付くと、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに顔を元に戻し、いつもの控え目な笑顔を見せた。


「誰か待ってるん?」


杏子の前を通り過ぎるのかと思ったら、健一は足を止めた。


「原田さんを・・・」


杏子は健一の顔を見ることができず、目の前の健一の制服のボタンを見つめていた。


下足場も誰もいないので、静まり返っていた。杏子は、言葉を探したが見つからなかった。


ちらっと目の前の健一の顔を見ると、杏子と同じように言葉を探しているのか、キョロキョロと目を動かしていた。


「勝てなくて、すまん」


先に口を開いたのは、健一だった。


頭を下げて、言った言葉は、杏子への謝罪だった。


杏子は、健一が、こんな風に謝るとは思っていなかった。


謝って欲しいとも思っていなかった。


「・・・いいよ。元サッカー部相手に同点やったし」


―――元サッカー部の黒谷くん相手に引き分けなんやから・・・。


「・・・・・・」


杏子の言葉にも納得していないようで、健一は眉間に皺を寄せて黙っていた。


杏子は、聞いておきたかったことを聞いた。


「ひとつ聞いていい?同点やったらどうなるん?」


「・・・今まで通り」


健一の言った言葉では、杏子は理解できなかった。


「今まで通り?」


「あいつはお前のことを絶対に手に入れるって言ってた。俺は・・・」


―――あんたは?何て言ったん?


言葉を止めた健一と目を合わすと、彼はゆっくりと口を開いた。


「俺はお前のことをどんなことをしても守る」



―――守る?


健一の言葉の意味を聞き返そうとしたが、それより前に彼が口を開いた。


「俺は・・・お前を危険な目に遭わせてしまった・・・。毎日辛かったんやろ?・・・全部俺のせいや・・・。

どんなに謝っても足りへん・・・だから俺は・・・お前に近づかないようにする。

それが、お前を守る1番の方法やと思うからな・・・。

でも、黒谷だけには・・・あんな手段を選ばん奴だけにはお前を渡すわけにはいかへん・・・。

もしあいつに何かされたりしたら・・・江坂さんに相談しろよ・・・。

俺が助けてやるから・・・」


―――なんで勝手に決めるん?近づかないって・・・。

『俺に相談しろ』って言ってくれへんの?なんで?



杏子の頭には問い詰める言葉しか生まれて来なかったが、口に出したのは、全く逆の返事だった。


「・・・そうやね」


俯いて、出てきてしまいそうな言葉を噛み殺し、絞り出した言葉に深く後悔をした。


―――いったいどんな言葉を掛けて欲しかったのだろう。


遠ざかる健一の背中を見つめていると、後ろから声を掛けられた。


「杏子・・・追い掛けんでもいいの?」


杏子が振り返ると不安な顔をした沙知が立っていた。


「・・・うん」


追い掛けたら、健一の気持ちを裏切ること思った。


―――それだけは、できへん・・・。


「・・・・・・」


俯く杏子にに沙知は、声を掛けることなく、見守っていた。


「帰ろうか」

「うん」


沙知の声に、杏子は静かに反応すると学校を出た。


杏子は、できるだけ平静を保っていたが、沙知は杏子が無理をしているのがわかっていた。