生まれてこの方記憶喪失の人間に出会ったことなどない。
ぶっちゃけ、あんなのドラマや漫画の世界だけの話じゃないかと思っていた。
が、目の前にいるこの男。
にっくきこの男、絶賛記憶喪失中・・・なのか?!
ふざけてるんじゃないの?!

「・・・名前くらいはわかるんでしょう?」

問いかけにがっくりとうなだれて弱々しく首を振る。

「・・・嘘でしょう?じゃあなんでこんなところにいたのよ!」

「わからないんです・・・気が付いたらこのマンションの前にいて・・・何か大切な用があったような気がするけれど、それが何なのか靄がかかったように思い出せなくて・・・」

「なんなのよそれ・・・そんなこと言われてもこっちだって意味がわかんないわよ!」

「すみません・・・」

しょんぼりと今にも泣き出しそうに小さくなって謝る姿にますます良心が疼く。

・・・駄目だ駄目だ、駄目!!
昔もこうやって母性本能をくすぐるところにいいように丸め込まれてきたじゃないか。
あの悪夢のような日々を忘れたのか?!
もう同じ轍は踏まないって固く誓ったじゃないか!

「・・・わからないって言ったって、瞬間移動でここに来たわけじゃあるまいに。どうやってとかいつまでとか何かしら手がかりはないの?持ち物は?何か一つくらい持ってるでしょう?」