「せんせー、これはあ?」


「え?ああ、これは…」



駅の近くにある個別学習塾。


俺はそこの高校生向けの講師のアルバイトをしていた。

1コマ70分で、2〜3名の生徒を見る。

大学一年のときからやっているので、かれこれもう4年になる。



「ね、今日なんかせんせーぼうっとしてない?」


生徒に言われ、ぎくりとする。


「え、してないよ。そんなことより加藤は自分の心配しろー」

「えーそうかな。関根もそう思わない?」



加藤と関根は1年前から俺が担当している。

入れ替わりの激しい個別塾のなかでも、比較的担当が長い生徒達だった。



「確かに。せんせえ、失恋でもしたのお?」

「まじかよー!どんまい、せんせ」



加藤にぽん、と肩をたたかれる。

俺はなぜ高校生にこんなことを言われねばなるまい…


ぽかっ



持っていたプリントで加藤の頭をはたく。



「あほ。大人をからかうんじゃねーよ。ハイ、ここ間違ってる」

「げ」

「俺の色恋の心配する前に、自分の大学進学の心配をするんだな」

「あーちくしょ。わけわかんねえ」



加藤は短い髪をガリガリと掻くと、プリントに向き直った。

生意気だけど、かわいい生徒だ。