「みんちゃん。もう長くはないの、私。隠しててごめんね。みんちゃんがしたかったことも出来なくて、行きたがってた場所にも行けなくて。本当にごめんなさい」
 そんなことは、前から分かっていた。りさは、隠し事が苦手だからすぐ分かる。
「謝らないで。りさに謝られたら、私どうしていいか分からなくなっちゃう」
「みんちゃんは、私がいなくてもきっと大丈夫。幸せになれるよ。だからね、泣かないでね」
「もう、その話はやめよう。おやすみ、りさ。また明日」
「うん。また明日」
 私は病室を出る。少しの間、秋沢理佐と書かれたプレートを眺めていると、聞き覚えのある足音が聞こえてきた。
「有馬先生」
 呼びかけられたその人は一度首だけこちらを向き、私を視認すると着ていた白衣を翻しながらこちらに歩いてくる。
「みんこか、どうした。もう面会時間は終わってるぞ」
「少し、お話いいですか」
「りさのことか。君は分かりやすいな。で、今日はどんな悩みかな」
 近くにあったソファに腰掛けながら訥々と語る。
「結局、私にはどうすることも出来ない。私は医者でもなければ、神様でもない。何も出来ない一人の人間だった。もう、どうすればいいの」
「君はどうしたいの。自分の無力を嘆くのも、現状に悲観するのも、やめなさい。どうしたって私達は流されるだけなの。だから、自分がしたいことを明確にしないといけない。そうじゃないと、流れ着いた果てで後悔するばかり。だから、君の中で一つでいい、これだっていう明確な答えを持っておきなさい」
「私は、私はいつだってりさの為に生きてきた。だから、りさのしたいこと全部、私が叶えてあげたい」
「だったら、そうすればいいじゃない。何を悩んでいるの」
 私は、言い淀む。
「彼女が一番に願っているのは、結婚だよ。私には叶えられない」
「叶えようと思えば、叶えられるじゃないか。例えそれが、女の子同士でも」
「私はもう、結婚してるのよ」
「それは問題じゃない。問題なのは、君の心だ」
 分かってる、そんなこと。けれど。
「だって、きっとりさは、私のことを、そんな風に思ってない。私は好きだよ、りさのこと。ちゃんとした恋愛感情として。けれど、りさは違う。りさは私のことを、友達以上ではあるけれど、恋愛対象としては見ていないよ」
 だから私は、この想いをりさに言うわけにはいかない。
 言ってしまえば、私達の関係が壊れる気がしたから。
「相手がどう思っていようが、君の本心は語るべきだ。その結果拒絶されても、君の想いが変わるわけではないだろう」
 涙が、自然と溢れてくる。
 我慢していたものが、涙と共に溢れ、こぼれていく。
「怖いのよ。きっと本当のことを言ったら拒絶される。気持ち悪いと思われる。それが他の人ならまだいい。けれどりさには、りさにだけはそう思われたくないの」
「ずるいね、君は。りさは君に全てを曝け出した。拒絶されることを恐れずに、君を盲目なまでに信頼して。君はりさを信頼していないのか」
 そうじゃない。私は他の誰よりもりさを信頼してる。
「今君が持っている全てを捨ててまで、りさを幸せにしたいと、本気でそう思っているなら、もう答えはでているだろう」
 そう。もう答えは出ていた。どんなに考えて悩んで、迷ったとしても、きっと私はこの答えに辿り着いていた。
「私は、この感情をずっと隠して生きていくつもりだった」
 それが、りさの為だと思ったから。
「けれど、それはもう無理かもしれない」
 そして私は始めてその言葉を口にする。
「だって、こんなにも愛してしまっているから」
 私のその言葉を聞くと、有馬先生は立ち上がり言う。
「それでいい。人生は一度きりだから、なるべく後悔しないように生きなさい」
 私も立ち上がると、さっきまでいたりさの病室に向かい、歩く。
 有馬先生は、きっとそんな私の後ろ姿を見て、微笑んでいるに違いない。
 病室のドアをそっと開けて、理沙に語りかける。
「りさ」
 返事はない。
「りさ、もう寝ちゃったのね」
 私は微笑みながら、そっと頭を撫でる。
「ねぇりさ。私ね、ずっと我慢してきたの。私の想いを、私の願いを、あなたに押し付けることは絶対にしたくなかったから。だからせめてりさのお願いが叶うその瞬間を、私は隣で見たいと思った。私の願いが叶わなくても、りさの願いは叶ってほしかったから。でもね、りさは私を信頼して、その全てを吐き出してくれた。嬉しかったよ。でも、それと同時に、私の想いは一層強くなってしまった。ねぇりさ。私、あなたが好き。友達として、親友としてじゃなくて。ちゃんとした、恋愛感情として、あなたが好き。だから」
 一呼吸置いて、言う。
「りさ、私と結婚しよう」
 そのとき、りさは寝言なのか、はたまたずっと起きていたのか、私に返事をくれた。
「はい。喜んで」