「っ!……あ、あの、虎谷先生……?」
この空気に耐えられなくなった私は虎谷先生の名前を呼ぶ。
でも、先生は何も言わず、私に再び視線を向けた。
……少し不機嫌そうな表情で。
もしかしたら勝手に入ってきたことを怒られるのかもしれない、と冷や汗が出た瞬間。
「……あーもう。最悪。まさかこんなところを見られるなんて。カッコわりぃ」
「!?」
「最悪」という言葉とは反対に、虎谷先生の顔に浮かんだのは困ったような、いや、むしろ照れたような表情だった。
少し拗ねているようにも見えて、何だかかわいいと思ってしまった。
そう思うと、私の心臓がさっき以上にドキン!と跳ねた。
え、ちょっと、待って。何これ……っ?
思いもよらない心臓の高鳴りに私が戸惑っていると、虎谷先生の目線が私からコタロウの入っているキャリーバッグに移った。
「坂本さん」
「は、はいっ!?」
「ちょっとさ、コタロウ、貸してくんねぇかな?」
「……へ?」
「大丈夫。ちゃんと除菌もしてるから。な?」
身体の前でぱっと手を広げた虎谷先生は、いつもとは全く違う口調や表情、そしてコタロウの呼び方をしていて、私はつい首を傾げてしまう。
「コタロウ、貸してくんねぇかな?」って聞こえたけど、空耳、じゃないよね?
……虎谷先生は、一体どうしてしまったというのだろうか?
というか……これ、もしかしなくても虎谷先生の素の姿ってこと?

