もじもじと俯く坂巻に部長が自分のスーツを差し出す。

そっと高峰の隣に座った坂巻は、もぞもぞとスーツで隠しながらズボンを脱ぎだした。

「女子か!」

つい突っ込んでしまった高峰にそっとズボンが渡された。

「あの、後ろの縫い目が丁度‥。」

ぽ、と顔を赤らめる坂巻。

なぜこんなところが裂けるのか、高峰は眉間に皺を寄せたまま、針に糸をとおした。

「そこってさぁ、なんですぐ裂けるんだろうね?」

「‥俺、裂けたことないっすよ。」

じっと高峰の手元を見つめる部長に少々の頭痛を感じながら、縫い始める。

「僕もさぁ、若いころ、そこが裂けちゃってねぇ。」

昔を思い出したのか、目を細めている。

「若い頃の僕は営業でね、毎日外回りに汗を流していたんだ。
そんなある日、駅の階段を駆け下りていたら、何かの拍子にズボンのお尻のとこ、裂けちゃったんだよね。
僕、裁縫ってできないし、会社からもちょっと距離があったから焦っちゃってね。
そんな時、思い出したんだ。
上司の家がこの近くだ、ってね。
確か上司の奥さんは専業主婦で家にいるはずだから、とりあえず家に向かったんだ。」

チクチクと縫っていた高峰の指にぎゅっと力がこもり、関節が白くなっている。

「幸いなことに、って言うのかな、僕は年賀状を書くために手帳に上司の住所を書いてあったから、大慌てで上司の家に行ったんだ。
案の定、奥さんは家にいてね、無事に縫ってもらえたんだよ。」

「連絡しないでいっちゃったんですか?奥さん、驚いていませんでしたか?」