約束の時間通りに佐久間が編集部に現れた。きっちりと細身のスーツを着こなし、人懐っこい笑顔を浮かべて声をかける。


無理に張った声ではなかった。ただ一言――通る声で「お世話になります。佐久間です」とフロアを見渡して告げただけだった。


それなのに――バタバタと作業をしていた者も、打ち合わせの電話を握り締めていた者も一瞬で佐久間に視線を向けた。


それは…私も同じだった。確かに整った顔立ちだけれども、普段からモデルやタレントを見慣れている者にとっては際立った美形ではない。


それでもすぐにフロアのスタッフ達が顔を見合わせて佐久間を気にしだした。ああっスタジオ…佐久間の一言で場の空気を変えた瞬間がオーバーラップする。


「こんにちは、高邑さん。先日はお疲れ様でした」


「あっ、はい。こちらこそお呼びたてして申し訳ありません」


編集部員達にも和かな笑顔を振りまいて谷女史の席へ向かう。何なのだろうこの態度の違いは…


「副編、誰ですか?あの格好良いの…」


部員の一人が私に耳元で告げた時、編集長が立ち上がり佐久間を紹介する。


「カヲルの代理人で佐久間さんです。担当は副編の加奈子になるけど、挨拶に来てくれました」


「佐久間です。カヲルさんは仕事やプライベートでの事もあって私が代理人と云う事で進めさせていただきます」


通る声、人を惹きつける仕草…初めて訪れた場所でも自然に存在感を見せつける。


ああ、そうだ。この男も一流の類の存在なのだ。