私と彼と――恋愛小説。

「漸く…彼が大手でなくウチを選んだのかやっとわかった。坂口真也――僕が担当した作家で初めて賞を獲ってくれた男だった…」


「坂口…」


「ああ、本名は佐久間真也。彼の――いや“彼等”の父親だ」


一瞬で、全てが繋がった。


佐久間が拘ったのは、私では無くウチの会社だったのだ。姉の思いを遂げる事と――父親の思いを重ねたのかも知れない。


真田常務がカヲルの短編を危惧した時の言葉が頭に浮かんだ。


『君もこれ迄見て来ただろう…渾身の一作で華々しくデビューして次の作品が書けない連中の事を』


すとん…と、全てが腑に落ちた気がした。


「やられたな…あいつの息子だとは」


真田常務は寂しそうにも嬉しそうにも見える曖昧な表情で、そう呟いた。


「加奈子…大丈夫か?」


谷女史が常務室の扉を閉めた廊下で、私に声を掛ける。色々な意味が込められているのだろう。


その中には、佐久間が私を〈カヲル〉として選んだ理由も在るのだと感じる。


「大丈夫ですよ。私は…」


佐久間が私に近付いた切っ掛けがどうであれ、佐久間が私に寄せてくれた感情が嘘では無い事などわかる。


イブの夜…素直にリングを受け取らなかった事で、佐久間の小さな嘘はチャラにしてやろう。