私と彼と――恋愛小説。

谷女史がやるせなさそうに苦笑いを浮かべる。


「あたしが文芸のままなら、意地でも手放さないわ…書かせて賞でも狙わせるな。違う切り口でこれだけ書けるなら真田さんの危惧してた事もクリア出来るしなぁ」


「そうかも知れないですね…ただ、佐久間はこの短編で終わりだときっぱり言ってますからね」


「勿体無い話だな。佐久間は小説が好きじゃないのかね?」


佐久間の言葉を思い出す。その時の表情も…醒めた目がくっきりと浮かぶ。


「嫌い…と云うか…わかりませんけどね。天才の事は凡人には理解出来ませんね」


一瞬浮かんだのは、佐久間が小説を憎んでいるのではとの疑問だった。


「まあ、先の事はわからないよ。それでさ、残りの三編だけどさ。最終話だけはまだ考えてるって事か?」


「ええ、カヲルの最後の作品になるからって…」


谷女史は少し考え込む。


「可笑しな話だなぁ。思い入れは無いけど悩むんだな…」